2011年11月12日土曜日

■地域の劇場が日本を変える-新しい文化行政への期待


地域の劇場が日本を変える-新しい文化行政への期待
http://www.47news.jp/47topics/e/222296.php
2011/11/11 19:28  是永幹夫 (わらび座取締役 秋田県仙北市)

 ホール建て替えラッシュ

 戦後のホール建設ラッシュ時代から40年、45年経過し、ホール建て替えがいま全国各地で始まっている。その際、耐震構造強化という技術的レベルを越えて、条件があれば複合文化交流施設としてまったく新しい運営のミッションで建て替えるケースも増えている。ホール&図書館、ホール&美術館など、複合施設による市民サービスの向上と創客効果をめざす試みだ。文化は、教育・福祉・観光に連動し、文化力が地域づくりの推進エンジンになるという考え方が広がってきている。私が関わっているふるさと大分市の複合文化交流施設(2013年7月オープン)もその典型で、6つのさまざまな機能が連携するつくりになっている。

 いま各地で準備されている複合文化交流施設やその運営のための市民ワークショップも多彩で、その状況をまとめるだけでも、これからの地域文化の拠点施設のあり方がどのように考えられているか把握できる。“箱もの行政”と悪評だったこれまでのあり方を改革し、地域の生活者としての市民の立場に立ったシステムづくりも顕著に見られる時代になった。市民に愛されるホールづくりが問われている。建て替えラッシュのなかで、できるだけ情報を還流させ、共有していくことが大事だ。


 指定管理者制度の動向

 公立文化施設にもおよんだ指定管理者制度の波は、3順目に入り、その功罪がさまざまに言われている。たとえば、課題としては、経費節減への偏重、長期的視野や継続性の困難さ、専門的人材の雇用の継続や人材育成の困難さ、効果としては、役割の見直しと目的の明確化、危機感の醸成と組織の活性化、企画競争意識でのサービスの向上など、課題と評価の双方から、いまの時点での指定管理者制度の総合的な検討が求められている。検討する際のベースは、どこまでも市民サイドに立った評価軸が必須だ。

 最新の統計では、全国に文化会館1,893館(市立1,312館)、図書館3,165館、博物館4,855館(美術館1,101館)。文化会館の平均稼働率は56.7%、自主事業実施率は59.4%。現状は、全国の文化会館のうち直営館は49%、指定管理者運営館は47%で、指定管理者運営館のうち66%が公共的団体による指定管理である。少しずつ増えてきているNPO法人や民間事業者、公共と民間の共同体などによる公立ホール運営が、今後どのようなテンポで増えていくのか注視したい。いずれにしても、「心の豊かさ」への希求、「文化力」による地域づくり、創造都市や文化産業への注目と関心を抜きにしては、これからの劇場・ホールの展開はない。


 地域拠点劇場

 最近、「東京一極集中が日本の文化の緩慢な破壊を進行させた」という趣旨の発言を聞くことが増えてきた。筆者のたずさわる舞台芸術に関しても、地域のホールが東京から「供給」された舞台作品を上演するだけでは、日本列島の文化が豊かに育つはずもないことは自明だ。とくに3.11東日本大震災のあと、東京一極集中の緩和ないしは打破を具体化する提言が相次いでいる。
 
 文化・芸術の分野でもまったく同様で、文化庁は3.11前からそのことを具体化した地域文化支援の予算編成や新規支援事業を次々とたち上げてきた。たとえば2011年度の「優れた劇場・音楽堂の創造発信事業」支援では、首都圏のホールは事業費の3分の1の補助率なのに対し、それ以外の地域のホールは2分の1補助と、地方のホールに有利な支援制度になった。

 文化庁の次年度概算要求は、「地域発・文化芸術創造イニシアチブ」の新規事業はじめ、被災地復旧支援予算だけではない、地域文化振興の支援策をいくつも具体化している。わらび座が運営するたざわこ芸術村の常設劇場「わらび劇場」は、数年前から東北地域での拠点劇場として継続支援を受け、優れた劇場・音楽堂の創造発信事業でも引き続き支援を受けている。わらび座が、愛媛県東温市(松山市隣接)で地元企業と共同経営している「坊っちゃん劇場」も同様に文化庁の支援を受けている。とくに開設6年目の「坊っちゃん劇場」への愛媛の経済界と教育界のサポート組織の圏域内の子どもたちの観劇支援という新しいタイプのメセナ活動が注目を集めている。(地域発・文化芸術創造発信イニシアティブのPDFはこちら)

 2008年度版のぴあ総研「エンタテイメント白書」巻頭レポートに、米国のリージョナル・シアターとともに、日本から「わらび劇場」と「坊っちゃん劇場」が紹介された。大都市圏以外での民間経営のロングラン劇場として、年々評価が高まってきているが、東日本と西日本のこの二つの民間劇場は、なによりも「人生の友」としての劇場をめざしている。そのためには地域協働型の運営が必須である。地域のすべての課題を共有し、地域の人びとの求めているものに耳を澄まし、それを企画にし、事業にしていくなかでしか、市民に愛される劇場は生まれない。


 文化庁の地域文化振興施策と自治体側の対応

 前記したように、近年の文化庁の地域文化振興の具体的施策を評価したい。まだ不十分、との声もあるが、地域の声、現場の声をヒアリングして、着実に地域文化振興支援を打ち出している。昨年度から大きく始まった「文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業」もそうだし、来年度からスタートする「地域発・文化芸術創造イニシアチブ」もそうだ。

 残念なのは、文化庁が立ち上げる地域文化振興施策に、敏速に対応しきれていない県・自治体が多いことだ。地域住民のための県・自治体の情報収集と情報還流と補助金獲得への熱意を求めたい。たとえば、今年度の「地域の文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業」を、秋田県は県内関連団体と連絡を取り合い、申請前の調整もおこない、1億1098万円を獲得したが、山形県は1,259万円の獲得に終わった。

 県担当セクションのもう一歩の熱意と努力があれば、このような結果にならなかったと思う。地域の文化資源の活用によるまちの活性化や、交流人口の増加をめざす自治体を支援する文化庁の姿勢を、真摯に受け止めて、地域住民のために汗するスタッフが増えることを望みたい。


 創造都市論の再編成を

 創造都市という考え方が日本に導入されて何年になるだろうか。イタリアのボローニャ、フランスのナント、スペインのビルバオなど、創造都市の成功事例が直截的に紹介され、話題もにぎやかだが、日本の風土と地域性を踏まえた創造都市の取り組みが大事だと思う。今回の3.11大震災で、三陸被災地の後方支援基地として大活躍している岩手県遠野市のように、40年近い前から市民あげての「遠野ファンタジー」の取り組みをしている都市はじめ、創造都市論の導入前から大地に足をつけた創造的まちづくりを営々とおこなってきている地域は山ほどある。

 1980年代後半にイタリアはじめヨーロッパの創造都市を、1990年代前半に米国の劇場・劇団を集中的に調査し、交流してきた私たちにとって、“カンフル情報”的な欧米情報を、いかに日本の風土に根ざしたまちづくりに応用していくのか、地元の文化資源をどう活かしていくのかを問うてきた。欧米からの輸入型ではない「温故知新のまちづくり」のミッションを強く求めたいし、昨今の創造都市論の再編成を求めていきたい。

 文化庁は文化芸術創造都市長官表彰と文化芸術創造都市モデル事業を実施している。私たち仙北市も、モデル事業の採択継続都市として、文化芸術・観光によるまちづくり推進のプラットホームづくりを進めている。NPO法人都市文化創造機構の努力で、来年夏に「創造都市ネットワーク日本」の結成総会が予定されている。


 劇場法のゆくえ

 「劇場法」の制定に向けてのさまざまな検討がおこなわれている。図書館法や博物館法と同様に、劇場・ホールにも管理運営・人材育成等の条例を制定しようという流れは、劇場・ホールの振興というベクトルのもとに論議されている。とくに担当する文化庁では、「劇場の制度的な在り方の検討会」を9回開催し、10回目の12月5日の会議では、「中間まとめ」案の論議も引き続きおこなわれる。私見だが、「劇場法」をもっとも地域や現場の状況に即して準備しようとしているのは文化庁だと思う。公立劇場だけでなく民間劇場も対等に扱おうとしていることや、人材育成重視など、「中間まとめ」から条例の具体化に向けての作業のなかで、地域の立場、民間の立場からのたくさんの声を届けたいと思う。

 地域拠点劇場が列島各地に誕生することは、この国のあり方を変え、この国の未来を築くうえで重要である。それを運営する人材の育成が急がれる。専門的人材育成の講座やアートマネジメント研修の機会も増えてきているが、「市民に愛される劇場」スタッフとして必要なミッションとスキルを身につける場づくりが必要だ。「共生・協働の経営」の指針を持ち、市民サービスに徹し、創客努力をする人材がどこまで育っているか。人材育成と相まっての劇場法だということを強く求めたい。
 連携と棲み分けで地域力を

 文化庁の施策を待つのではなく、地域・現場からの声を政策提言していくことが、ますます大事になってきている。文化庁の「優れた劇場・音楽堂の創造発信事業」は、現在は、各劇場ごとの申請となっているが、県庁所在地での県立・市立の枠を越えた「一本化申請」が近い将来可能になれば、地域にとって喜ばしいことだと思う。大都市圏以外の公立ホール、とくに県庁所在地のなかで県立・市立の劇場がそれぞれ別個の企画や創客をしていて、ともに苦戦している例が多いが、県立・市立のそれぞれの特性を活かして一本の事業運営体を創り、申請した方が、地域全体の創造と鑑賞の機会創出につながる。

 中心市街地活性化やにぎわい創出のためにも、県立・市立の枠を越えた連携と棲み分け、ホールと美術館、図書館との領分を越えた連携、地域の大学、とくにアート系大学との連携など、文化行政担当者が担う仕事は多い。そのためにも日常的な情報還流と共有のネットワーク、領域横断型・越境型のミッションと合意形成が大事だ。行政にとって越境することはもっとも苦手な分野だが、地域住民がそれを求めている。どこまでも「生活者視点」に立ってものごとを進めていく情熱と信念があれば、人と人をつなぎ、街と街をつなぐ動きが生まれてくる。すべてものごとは、「ひと」を介して進む-私の持論である。



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