2012年2月15日水曜日

■ここが違う日本と中国(8)―子育て環境


ここが違う日本と中国(8)―子育て環境
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0214&f=column_0214_006.shtml
2012/02/14(火) 09:54
  
 結婚・出産・子育ての理由で仕事を辞める日本の女性、辞めない中国の女性、こんな違いがどうして出てくるのだろうか。ここではその原因について考えてみたい。


(1)子育ては誰の責任か

 日本では、“母親が育児をするのが自然だ”と思っている人が非常に多い。“子どもは自分の手で育てたい”という考え方は女性の間にも広く見られる。

 大学と短期大学の学生を対象としたある調査でわかったのは、多くの女子学生にとって、育児役割は人生展望のメインに位置づけられている。“育児は自分の手で”という常套句を安易に信じ込んでいて、それが自分の職業生活に具体的にどのような影響を及ぼすのかを考える視点を欠いていることだ (矢澤澄子・岡村清子・東京女子大学女性学研究所編『女性とライフキャリア』勁草書房2009年、87頁)。

 中国では子育ては女性の責任だという考え方はかなり薄く、子育てはむしろ家族全体のこととされている。夫はもちろん、両親、兄弟、みんな総出で子どもの面倒を見ていく。

 筆者は6人兄弟で、幼い頃、自分と弟や妹の面倒を姉と兄が見てくれたし、自分も弟と妹の面倒を見ていた。母親は外で働くとき、兄弟は一緒に遊んだり、農作業や家事を手伝ったりする。祖父母の役割も極めて大きい。このように、みんなで支えあい、ともに歩んでいくのだ。もちろん、昔の日本もそうだった。

 いま、近代化が進んでいる中国でも、社会構造や家族構造が大きく様変わりし、子どもの数が減り、昔のような兄弟の助け合いなどはだんだん成り立たなくなってきている。しかし、それにしても、子育てを母親(女性)一人に押し付けず、家族全体の責任で行うというような価値観はほぼ保たれたままである。それを可能にする要因の一つとして挙げられるものは、保育サービス(特に民間の家政サービス)をはじめとする外部サービスの発達である。つまり、外部サービスの利用によって子育てにおける家族機能の一部を補うのだ。


(2)賃金体系

 女性が結婚や出産のため仕事を辞めるということは別の角度から見ると、男性一人だけの収入で一家の生計を支えることができると捉えられる。

 日本において専業主婦は高度経済成長期以降に広まったことを考えれば、高い経済水準と所得水準の結果であるといえる。また、日本の賃金体系とも関連する。

 日本型福祉国家の議論でよく指摘されるのが、日本の「会社福祉」または「会社の福利厚生」の発達という点である。日本の賃金は「家族賃金」の性格が極めて強い。ここでいう「家族賃金」とは、夫・父である男性は、妻子を経済的に扶養する役割をもっていると想定する賃金システムのことである(岡沢憲芙・宮本太郎編『比較福祉国家論』法律文化社1997年、186頁)。日本では、男性世帯主の年功型家族賃金が長年採用されてきた。そのなかでは、従業員本人の労働の対価として受け取る報酬だけではなくて、その家族を養うための賃金も含まれている。児童手当が貧弱であることもこれと関係する。

 ほかに、専業主婦となった妻たちが、終身雇用的なコア労働者をする夫たちを通して、社会保険と企業の福利厚生にリンクされている。

 以上は日本の女性のライフコースに大きな影響を及ぼす経済的要素であるということができるだろう。


 逆に、中国ではかりに結婚や子育ての意識が変わり、女性は日本のように結婚や出産を理由に職場から家庭に帰ろうとした場合、経済的にははたして可能なのか。言い換えれば、夫・父一人の収入だけで、妻子を養うことができるか。答えはノーである。

 最近、中国の女性の間でも、金持ち(じゃなくても、経済的余裕のある人)と結婚して、専業主婦になることが夢として語られるようになった。専業主婦は憧れの的になりつつあることは無視できない社会現象である。将来、中国もひょとして日本と同じように専業主婦が女性の重要なライフコースの一つになるかもしれない。その前提といえば、労働者の経済収入の大幅な向上が欠かせない。それだけではない。中間層(中産階級)が労働者の大多数を占め、国民の所得分布はオリーブ型になることもなくてはならない。いまのように富の極端な集中では専業主婦のライフコースが広まらないはずである。

 もう一つは中国の賃金システムは「家族賃金」を採っていないことだ。中国の企業は欧米以上に能率給を重要視しており、家族扶養をもちろん考慮しておらず、諸手当の中に扶養手当が含まれないことは普通である。さらに、社会保険(年金と医療)は従業員本人の分に限られ、日本みたいに被扶養家族も入っていることはあり得ない。つまり、中国の都市労働者の年金は本人の分のみ、医療保険も基本的に家族全員をカバーしているものではない。これに関して、日本の健康保険制度を中国の知り合いに説明すると、必ず「素晴らしい」と絶賛される。


(3)企業文化

 家庭・家族よりも会社を大切にする。会社を大家族と見なし、自分の一番の拠り所とする。これらは日本型資本主義や日本型経営の産物であり、長年にわたって日本独特の「会社人間」を作り出してきた。

 夫は毎日長時間労働(残業も多く)で家庭や育児を顧みず、場合によっては体を壊したり過労死したりする。妻は仕事と育児の両立にてんてこ舞い。

 また、日本の雇用慣行では正社員の解雇が難しい。そのため、外部労働市場(転職市場)が発達せず、労働力の流動性が低い。そこで正社員は現在の仕事にしがみつき、長時間労働を強いられる状況でもひたすら我慢せざるをえない。

 育児や体力の面でハンディのある女性は長時間労働がしにくい。そこで長時間労働は男性の「土壇場」となり、それは男女の賃金格差につながり、女性を家庭に閉じ込める誘因になる。一方で男性並みに働きたいキャリアウーマンは長時間労働で結婚や出産に縁遠くなる(「考えてみませんか?ニッポンの働き方 『家族崩壊』」『週刊東洋経済』2008年10月25日)。

 中国では「会社人間」に相当する言葉がない。「労働模範」は毎年のように行政主導で選出、表彰されるが、この「労働模範」はもしかして日本の「会社人間」に置き換えられるかもしれない。しかし、政府がいつもこんなイベントを大々的に催すこと自体は「会社人間」の希少価値を裏づけているともいえよう。

 また、中国では「男性が外、女性が内」といった役割分担の意識や文化もなければ、会社が従業員を長時間拘束することも難しい。残業は従業員が給料をもっと稼ごうとするインセンティブによって成り立つことであって、「会社のため」ということではない。

 中国では夫が妻より早く帰宅するケースは決して珍しくない。買い物や家事、子どもの送り迎えなどの子育ては基本的に夫と妻が共同でやっている。だから、女性は結婚や子育てのため仕事を辞める必要はない。


(4)男女賃金格差

 日本では、男女の賃金格差が大きく、平均的に女性の賃金が男性を下回る。日本は正社員を含めて、世界的にも韓国に次いで男女の賃金格差が大きい国である。男性の賃金を100としたとき、女性は66にすぎないといった統計もある。男女の賃金格差が大きいため、育児休業は女性が取得し、男性が取得しないような現象は広く起きている。世帯の可処分所得を最大化させたいなら、給料の安いほうの妻が育児休業をとることは必然的な選択となる。つまり、男女の育児休業取得率の差にはこうした冷徹な経済合理性が働いているのだ。

 中国では男女の賃金格差に関する統計データが見当たらないが、同一労働・同一賃金の徹底は日本より進んでおり、妻の収入が夫より多いような家庭も多々ある。

 中国の都市部では生育保険という出産関連の社会保険制度があり、加入している女性従業員は所定の出産休業(産休)を取得することができる。また、最近、男性も育児休業ができるように一部の地域では制度の整備が進められている。例えば、深セン市では「性別平等促進条例(草案)」が審議されており、なかでは次のような条項が盛り込まれている。

 3歳以下の子どもをもつ夫婦は、妻は出産した年に出産休業を取得できるだけではなく、夫婦ともに1回10日間の育児休業を3年連続で3回取得することが可能、育児休業期間の給料と福利厚生は国と地方政府の関連規定によって保障される。

 1回10日間の制度設計は日本の育児休業制度とは大きく異なっており、日常的な子育て支援というよりも、家庭の緊急事態への対応が主な狙いではないかと思われる。それにしても、男性にも一定の保障を与えようとすること自体は少しの前進といえるかもしれない。こうした男性も育児休業を取得できるような動きは今後ほかの都市にも波及すると見られる。


(5)核家族化

 家庭は経済社会を構成する最小単位である。誰かが働いて、稼いだカネで家計を支える。あるいは、家族の中で子育てや家事などを分担し、稼ぎ頭をサポートする。このように、家庭は私的なセーフティネットとして社会に安定をもたらす役割を果たしてきた。

 しかし、近代化、都市化、高齢化の進行により家庭の機能は大幅に低下した。これは日本をはじめ先進諸国だけのことではなく、急速な経済成長を続けている中国などの発展途上国でも生じている現象である。

 こうした変化は女性のライフコースにも大きな影響を及ぼしている。特に日本は、前述のとおり、先進国のなかでも女性の労働力率が目立って低い。もちろん、中国も核家族化の影響を受けており、今後、仕事と家庭の両立は女性にとって厳しい試練になると予想される。

 現在中国では、子育てや家事などを祖父母に任せる、または助けてもらうような状況はまだ根本的な変化がない。加えて、家政業の発達などによる外部サービスの利用がかなり一般化している。こうしたサポート体制は女性のライフコースを支えていると考えてもよかろう。

 ただし、市場原理で動いている家政サービスは基本的に中間層以上の市民が利用できるものである。また、高齢者自身も意識の変化があり、公的年金の整備につれて独立し、子どもと別居する傾向がさらに強まる。

 中国の革命指導者・毛沢東がかつて「女性は天の半分を支えることができる」と言った。確かに、女性の労働力率が低く抑えられていることは人的資源の浪費を意味する。

 日本は女性が高学歴化しているわりに、女性の能力が経済社会で活かされていないと2008年版のOECD『雇用アウトルック』は指摘している。

 日本の女性の大学への進学率は男性に匹敵し、世界のトップレベルである。女性の42.5%は大学などの高等教育を受けている。この割合はOECD平均(28.5%)を大きく上回っている。だが25~54歳の就業率は67%で、スウェーデン、ノルウェーなどの上位国より15%も低い。同年代の男性就業率(93%)と比べても、女性の活用の遅れが際立つ。これは、「貴重な人的資源の大きな浪費」であり、人口の減少や高齢化に備えて労働力をもっと効率的に活用すべきだと提言している。

 筆者は女性のライフコースや子育てについてもよく授業で取り上げる。そして、いつも強調しているのは以下のことだ。

 家事時間の短さばかりを問題視して男性を一方的に責めても仕方ない。結婚・出産・子育てをめぐる意識の改革や企業制度の改善、さらに国の法整備を同時に進めていかなければ、問題解決にはならないだろう。



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