2012年10月4日木曜日

■「中所得の罠」の兆候を見せる中国―問われる社会の安定性


「中所得の罠」の兆候を見せる中国―問われる社会の安定性(1)=関志雄
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=1003&f=business_1003_031.shtml
2012/10/03(水) 09:27
       
中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄

 多くの国々は、発展の初期段階において、一時的に高成長を遂げるが、所得が中レベルになると、貧富格差の拡大や、腐敗の多発など、急速な発展に伴う歪みが顕在化し、経済成長も停滞するという形で「中所得の罠」に陥ってしまう。中国は、30年余りの高成長を経て2011年の一人当たりGDPが5432ドルに達しており、まさに「中所得の罠」に陥るか、それとも一気に先進国に追いつくかという岐路に立っている。

「中所得の罠」とは

 「中所得の罠」は、世界銀行が2007年に発表した「東アジアのルネッサンス」という報告書において提示した概念である。ある国が1人当たり所得が世界の中レベルに達した後、発展戦略及び発展パターンの転換を順調に実現できなかったために、新たな成長の原動力(特に内在的な原動力)不足を招き、経済が長期にわたって低迷することを指す。「中所得の罠」に陥った国々に共通した特徴として、余剰労働力の減少、産業高度化の停滞、貧富格差の拡大といった、それまで蓄積された成長制約要因が一気に顕在化することが挙げられる。

 まず、低所得国は、労働力を生産性の低い農業から生産性の高い製造業に移すことを通じて、労働集約型製品の輸出を伸ばすだけでなく、国全体の生産性を向上させることもできるが、中所得国になると、農村地域の余剰労働力が急速に減少する。特に発展の過程における完全雇用の達成を意味するルイス転換点を過ぎると、労働力の供給が成長の制約となり、また、賃金上昇によって労働集約型輸出製品の国際競争力も低下してしまう。その時、自国のイノベーション能力の向上を通じて生産性を高めることができなければ、経済成長は停滞してしまうのである。

 また、「中所得の罠」は、工業化の過程において、技術面における外国への依存から自立へ転換する関門としてとらえることができる。このような観点から、政策研究大学院大学の大野健一教授は、各国の工業化の過程を次の四つの段階に分けて分析している(図)。それによると、国民の所得がまだ低い第一段階では、外資が導入され始め、低廉な労働力が活かされる形で、組み立て・加工工業が形成される。現在のベトナムはこの段階にある。第二段階になると、国民の所得が中レベルに達し、組み立てや加工に必要な部品などの裾野産業が外資主導で形成されるようになる。現在のタイやマレーシアはこの段階にある。所得水準が中~高レベルに達する第三段階になると、自国企業が外資から技術や経営ノウハウを習得し,自らが部品や高品質製品を生産できるようになる。韓国や台湾がこの段階に位置していると思われる。最後に、高所得に当たる第四段階になると、自国企業が革新的な技術を用いて新しい製品を開発できるようになる。これに該当するのは日本や米国などの技術先進国である。第一段階から第二段階に進むのは比較的簡単だが、第二段階と第三段階の間には、「中所得の罠」が待ち構えているという。

 さらに、貧富の格差が大きく、社会の流動性が低いことは、まさに中南米諸国をはじめ、「中所得の罠」に陥っている国々に共通する現象である。所得格差の拡大を抑えることや、社会階層間の移動性を高めることは、工業化と経済社会の順調な発展を維持するために不可欠である。公平な所得分配は各利益集団の経済政策における意見の一致とバランスを保つために有利である。所得分配格差の拡大よりも恐ろしいのは、社会階層が固定化することである。各階層間の移動が容易であれば、経済社会の活力を維持することも可能であるが、さもなければ、社会が不安定となり、経済発展も停滞、後退する恐れがある。

 中南米諸国は「中所得の罠」に陥った国の典型例である。これらの国々は1960年代から70年代の間、低所得国から中所得国に進んだが、その後長期停滞が続いている。1960年時点で101もあった中所得国・地域のうち、2008年までの間に高所得国に発展したのは、赤道ギニア、ギリシア、香港、台湾、アイルランド、イスラエル、日本、モーリシャス、ポルトガル、プエルトリコ、シンガポール、韓国、スペインという13カ国・地域のみである(China 2030-Building a Modern, Harmonious, and Creative High‐Income Society, The World Bank and Development Research Center of the State Council, the People’s Republic of China, 2012)。

 先進国の経験が示しているように、「中所得の罠」を乗り越える過程において、政府の果たすべき役割は大きい。まず、政府は利益集団に左右されず、短期利益に惑わされず、長期目標に向けて、臨機応変に発展戦略を調整する。また、市場原理と資源配置の役割を重要視して、制度改革の推進、市場拡大や技術イノベーションへの環境づくりに尽力する。さらに、経済と社会の調和の取れた発展を目指し、社会セーフティネットの構築を通じて、階層間の対立を回避し、社会の安定と発展を持続させる。「中所得の罠」を乗り越え、先進国の仲間入りを果たした国々において、ほとんど例外なく、民主と法治がしっかり確立されていることは、決して偶然ではない。



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