2011年12月13日火曜日

■格差の急拡大は社会保障基盤崩壊の元凶(1)―「一億総中流」が消失した日本


格差の急拡大は社会保障基盤崩壊の元凶(1)―「一億総中流」が消失した日本
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1210&f=column_1210_002.shtml
【コラム】 2011/12/10(土) 11:49 サーチナ
 
 所得格差の急激な拡大はすでに世界規模の大問題になっており、かつて「一億層中流」と言われていた日本は比較的平等な社会から格差社会へと大きく様変わりし、また、長年も続いた高度経済成長の中国もあらゆる分野で格差の拡大が顕著に進んでいる。

 そうしたなか、所得税制度および社会保障制度の整備と改善により格差の拡大に歯止めをかけることは先進国のみならず発展途上国でも大いに求められている。

 所得税制度はさておき、社会保障制度の機能として一般に認識されるのが、所得再分配の機能が備わっている社会保障制度は健全で包括的なものであればあるほど、より大きな所得格差の縮小効果をもたらすということである。言い換えれば、所得格差の拡大にブレーキをかけようとすれば、社会保障制度の整備と健全化を図らなければならないのである。ところが、所得格差の拡大は実は一方で社会保障制度の整備と健全化を大きく妨げるような側面がある。この点は意外と見落とされやすいもので、研究者や政府関係者の間でもほとんど注目されていない。

 このシリーズでは、日本と中国を例として、それぞれの格差拡大の実態を明らかにしたうえ、社会保障制度の整備と所得格差の拡大との相関関係を分析することとする。

 近年、市場経済システムの広範な浸透、アメリカをはじめ西側諸国に見られる新自由主義の台頭、発展途上国も巻き込まれたグローバリゼーションなどの影響で、所得格差や貧富の差の拡大はすでに世界規模の問題になっており、その深刻さを増すばかりである。

 日本の経済情勢もグローバリゼーションの進展とともに急激な変貌を遂げてきており、かつて「一億総中流」と言われていた比較的平等な社会もいつの間にか「格差社会」へと大きく様変わりした。

 1992年からのバブル経済の崩壊、1997年のアジア通貨危機(金融危機)に端を発した長引くデフレと景気低迷により、ここ十数年間、日本経済は激動の時代を経験してきた。「失われた10年」、最近は「失われた20年」とも呼ばれる。

 一方、同時に世界情勢は大きく変わり、ヒトだけでなく、モノもカネも国境を越えて自由に動けるようなグローバル経済が形成されていったのである。特に中国やインドなどの新興国が自由貿易市場へ参入したことにより、安い人件費で製造された製品を調達することが可能になった。その結果、国際競争は新しい段階を迎え、ますます激しくなっていった。

 このような状況の中で、長い間世界市場に君臨していた日本の製造業でも、デザインや性能といった付加価値では競争できない、つまり低価格競争しかできない分野は、国際市場での競争力を急速に失っていった。こうして日本の企業はやむなく工場を海外移転することによってコストダウンで生き残りを図る。そしてその結果、日本国内では産業空洞化が生じ、多くの若者が働く場を失い、またはフリーターなど非正規労働者にならざるをえなくなる。

 ところが、製造業と対照的に、日本のサービス産業はここ十数年でむしろ大きく成長した。サービス業は「商品」ではなく「サービス」を売るため、消費者の希望に応じて柔軟に対応しなければならず、必然的にそこで働く人の労働は細切れになる。そのため企業はより柔軟な働き方を求めるようになっていった。こうした産業界の要望が政府の規制緩和策を促す格好となり、その結果、派遣労働の急増をもたらし、現在大きな社会問題になっている「ワーキング・プア」を大量に生み出すことになる。

 さらに、1990年代から始まったIT産業の拡大や情報技術の浸透も、学歴が十分でない人たちには不利に働いた。というのは、アイデア、知識、情報技術といった点での能力の差が、これまで以上に就職時に影響を与えるようになったからである。結果、これらの能力で優位に立つ高学歴者の賃金は上昇したが、未熟練労働者の賃金はいっそう引き下げられることになった(駒村康平著『大貧困社会』角川SSコミュニケーションズ2009年、14-16頁)。

  非正規労働者とは、雇用期間を定めた短期契約の雇用形態で、パートタイム、アルバイト、契約社員、派遣といった働き方である。

 日本では正規労働者の数は徐々に減少し、反対に非正規、派遣の数が増えていった。具体的には、1997年から2006年の間に正規労働者数は472万人減少、逆にアルバイト・パートは176万人、派遣・嘱託その他は335万人増加した。結果、2006年時点で、雇用者5393万人のうち33.6%がパート、10.8%が派遣等となった。

 また、非正規労働者数は1984年には604万人、雇用者数に占める割合が14.4%であったのが、2007年には1732万人、31.1%にまで上昇した。つまり、雇用者の3人に1人が非正規労働者となっているということである。なかでも女性労働者の非正規化は著しく、女性雇用者に占める非正規労働者の割合は、1984年の27.9%から2007年には51.3%にまで上昇している。

 『平成22年版厚生労働白書』によれば、パートタイム労働者は増加し、2009年には1431万人と雇用者総数の約26.9%にも達し、従来のような補助的な業務ではなく、役職に就くなど職場において基幹的役割を果たす者も増加している。有期契約労働者は、1985年の447万人から2009年には751万人(雇用者総数の13.8%)に増加している。

 非正規労働者の雇用条件は劣悪なもので、社会保険や労働法の保護を受けない労働者や、低賃金で働くワーキング・プアの増加という問題に広がっていった。

 このように、一部の発展途上国が持続的な高度経済成長を謳歌する時代に、日本において労働者の置かれる環境はむしろどんどん悪化し続け、正規労働と非正規労働、高所得層と低所得層の格差は急速に拡大の一途を辿るようになった。

 近年、日本では『不平等社会日本―さよなら総中流』(佐藤俊樹著、中公新書2000年)、『希望格差社会』(山田昌弘著、筑摩書房2004年)、『下流社会―新たな階層集団の出現』(三浦展著、光文社新書2005年)、『ワーキング・プア― いくら働いても報われない時代が来る』(門倉貴史著、宝島社2006年)といった書物やテレビ番組が話題となり、「格差」や階層化が問題として前景化させられていく。

 日本の生活水準は第二次世界大戦後の高度経済成長を経て、大幅に向上し貧困は格段に減少した。実際、「一億総中流」とさえ広く言われるようになった。しかし21世紀も最初の10年が過ぎた今日、状況は再び大きく変化し、格差社会の進行という新しい局面を迎えつつある。

 朝日新聞社が2005年12月から2006年1月にかけて実施した全国世論調査では、国民の格差をめぐる意識が浮かび上がった。

 「所得の格差が広がってきていると思うか」との問いに「広がってきている」と答えた人は74%、「そうは思わない」が18%であった。格差が拡大しているとみる74%の人に「広がっていることをどう思うか」と聞いたところ、69%が「問題がある」と答えた。この結果、全体の51%の人が「所得格差が広がってきており、問題がある」と認識していることが明らかになった。また、世帯収入に満足していない人ほど格差拡大を強く感じている。

 厚生労働省の調査では、この10年で1世帯当たりの平均年収は80万円減って580万円になったそうだ。仮に580万円が最多層とすれば、その半分は290万円。「年収300万円」に近いから、食うや食わずの貧民が溢れているという状況ではない。

 それにもかかわらず、格差拡大が深刻なテーマとして取り上げられるのは、「一億総中流」を自他ともに認めてきた日本の、格差の小さかった良き社会が崩れてきたことに対する強い危機感が生じたためである(橘木俊詔著『格差社会 何が問題なのか』岩波新書2006年、8頁)。

 発展途上国の格差拡大はともかくとして、先進国はアメリカなど一部の国を除いてもともと格差が比較的小さい。日本もかつて平等度の高い国であった。しかし、いまはなぜ先進国でも格差の拡大が進むのか、やはり急速なグローバリゼーションの進展がもたらした結果だと見るべきであろう。

 もともと世界経済のグローバリゼーションは、経済成長とともに各国の国内総生産(GDP)を増加させ、国民生活全体を豊かにし、貧困を減らしていくと期待されてきた。しかし現実には必ずしもそういった期待が実ったものばかりではない。逆に、世界のいたるところで、所得と貧富の格差、富の偏在が拡大し、不平等化が進んでいる。

 グローバリゼーションはなぜ人々の期待通りにならないのか。それは国々や人々が全地球的規模でより開かれた市場に参入し、そこでの競争に参加することを意味する。そして競争に勝った者は成功者として富を手に入れる。意欲と能力があるだけでなく、チャンスをつかむ能力、広範囲の情報を瞬時に得て利用・活用する力、新しいものを生み出す力などを持つ人やグループは、まさに、成功に導かれより大きな所得を得ることになる。一方で、富の源泉にアクセスできない人々、情報へのアクセスも少なく、社会的仕組みの中で力を十分に発揮できない状況におかれている人々は無情に淘汰されてしまう(西澤信善・北原淳編著『東アジア経済の変容―通貨危機後10年の回顧』晃洋書房2009年、91-92頁)。

 所得格差の形態は多種多様であり、それゆえそれぞれをもたらす原因も決して一律ではない。近年の格差拡大の背景には具体的にどのような要因があるのだろうか。それをめぐってはいろいろな指摘があり、議論の分かれるところである。これまでの主な説は渡辺雅男編『中国の格差、日本の格差』(彩流社2009年、37-39頁)によれば、以下の四つであろう。

(1)「脱工業化・ポストフォーディズム」説

 フォーディズム(Fordism)とは、大量生産、大量消費を可能にした生産システムのモデルである。現代の資本主義の象徴の一つである。イタリアの思想家アントニオ・グラムシの命名による。また、フォード社の経営理念を指すこともある。一方、ポストフォーディズムは、工場や事務所などで雇用されている賃労働者だけでなく、社会全体を剰余価値生産に総動員させる体制のことである。

 本田由紀氏によれば、工業化が進む段階においては、産業の中核を占めていた製造業の比率が低下し、代わってサービス業や金融などの比率が向上していく。それに伴い、労働者に求められる条件も大きく変化する。標準化・規格化された労働に対する適応力が重視されたフォーディズムに対し、ポストフォーディズムの下では、需要の変化に小刻みに対応するため雇用期間の短期化、雇用形態の柔軟化・不安定化が進み、労働組合によって組織化された熟練労働者の数が減少していく。またIT化の進展は業務処理の定型化・大量化を可能にし、事務職などホワイトカラーの減少も引き起こす。その結果、製造業だけでなく、サービス業などの部門も待遇面で専門職とサービス職へと二分化され、格差がますます強まっていく (『多元化する「能力」と日本社会―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』NTT出版2005年)。

(2)「グローバリゼーション」説

 前述したよう、グローバリゼーションは1980年代以降、世界市場の統合が一段と進むにつれてますます広範囲に及んだ。厳しい国際競争を強いられた企業は、販路の拡大と生産コストの削減を目指し、厳しい人員削減と雇用のフレキシブル化を進めていく。とりわけ1990年代以降、中国をはじめ多くの発展途上国が世界市場に本格的に組み込まれていった結果、安価な労働力が世界規模で大量に供給されることになり、先進国では賃金抑制に向かう圧力が強まっていった。

(3)「新自由主義」説

 国際競争が激化していくなか、企業ばかりでなく政府や地域社会、個人も変化への対応を迫られるようになる。自由な競争の機会を用意することを目指して政府による各種規制が緩和・撤廃されていった結果、労働者の保護、環境の保全、国内産業の保護などを目的とする政策が大きく後退させられる。また、公共政策に市場原理が導入されていくなか、福祉、住宅、医療などの領域から政府が撤退していく傾向が強まる。

(4)「人口構成の変動」説

 大竹文雄氏によれば、少子高齢化の急速な進行によって、人口構成全体に占める高齢者の割合が高くなる。高齢者においてはもともと収入格差が大きいため、この層の相対的な増大は人口全体における格差を構造的に拡大していく効果をもつ(『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』日本経済新聞社2005年)。

(執筆者:王文亮 金城学院大学教授  編集担当:サーチナ・メディア事業部)



0 件のコメント:

コメントを投稿