2012年6月8日金曜日

■【日本版コラム】ポニーテールとロングテール―AKB48の秘密


【日本版コラム】ポニーテールとロングテール―AKB48の秘密
野尻哲也のアントレプレナー・アイ
http://jp.wsj.com/Business-Companies/node_454103?mod=Right_Column
2012年 6月 4日  12:22 JST ウォールストリートジャーナル

 日本の音楽業界で、今や最もセールス力のあるアイドルグループとなった「AKB48」。昨年のシングルCD販売数は、年間1位から5位までを独占。これら全てでミリオンセラーを達成し、6位以下にはダブルスコア近い差をつける圧巻の売れ方だ。これほどの人気絶頂のなか、中心メンバーである前田敦子さんが間もなくグループを卒業するという。しかしエース的存在を失ったとしても、「その他大勢」の女の子たちがAKB48を支え続けるだろう。

AKB48を支えているのは誰か

 筆者にとって顔と名前が一致するAKB48メンバーは、片手で数えられるほど。ファンでなければ、多くの人々が同様と思う。前田敦子さんのようにマスメディアに繰り返し出演し、とりわけ一般認知度が高いメンバーは、主に「メディア選抜」と呼ばれるメンバーだ。

 AKB48では「選抜総選挙」という名の人気投票が実施される。この総選挙で上位に選ばれたメンバーがメディア選抜とされ、テレビや雑誌などに優先的に出演できる。昨年に開催された第3回選抜総選挙では、上位12名がメディア選抜として当選。21位までは「選抜」メンバーとしてシングルA面の楽曲を歌い、さらに22位から40位までのメンバーは「アンダーガールズ」としてカップリング曲を担当した。メディア選抜から漏れてもテレビなどへの出演機会はあるが、一般認知度はぐっと落ちる。

 この総選挙で投票対象となったメンバーは150名に及び、メディア選抜がいかに狭き門かが分かる(AKB48に加え、SKE48など姉妹グループも投票対象に含むため)。上位12名、すなわち150名の8%にあたるメディア選抜メンバーの得票合計は、総投票数の65%ほど。言い換えれば、メディアにあまり露出しない大勢のメンバーたちが、AKB48人気の35%を支えていることになる。

 なお、総選挙でファンが投票するには、CD購入やファンクラブ入会など有償要件を満たさなければならない。第3回選抜総選挙では、「Everyday、カチューシャ」というシングルCDに投票券が付与された。この曲の昨年のセールスは、158万枚。総選挙におけるメディア選抜12名の得票数をCD販売数に案分すると、このメンバーだけで100万枚ほど売ったことになる(158万枚×65%)。他方、残りの138名への人気が差し引き58万枚のセールスにつながった点に、筆者は着目したい。

ポニーテールより、ロングテール

 結論から言うと、このAKB48人気には、いわゆる「ロングテール」的側面が見られる。次々と流行語が生まれるインターネットの世界で、ロングテールは懐かしくすら響くが、今なおネットの根幹的な経済概念。少しおさらいしてみよう。

 例えば書店の経営を考える時、店舗の陳列棚や在庫量には限りがあるため、なるべく売れるものだけを取り扱うという動機が働く。この根底にはいわゆる「パレートの法則」があり、売れ筋上位20%の商品が売上全体の80%を稼ぐ、という経験則に基づいている。それゆえ売れ筋上位20%に含まれない商品は、売上への貢献度が急激に小さくなるため、棚から外されるなど販売機会が縮小する。

 しかしAmazon.comのようなネット書店では、陳列棚や在庫の制約が少ないため、より多くの商品を扱うことができる。この結果、売上全体に占める売れ筋商品のウェートが低下し、「あまり売れない商品の集まり」が売上を大きく支える現象が見られるようになる。これをグラフ化すると、「あまり売れない商品の集まり」を示す部分が動物のしっぽのように長く伸びることから、ロングテールと命名された。ごく一部の売れ筋に依存するよりも、多様な商品を広く扱うことのメリットを示唆するロングテールは、ヒットが出づらく、消費者ニーズが複雑化した現代に適応した考え方と言える。

 テレビや雑誌に関しても、書店の陳列棚と同じように、その出演枠に限りがある。さらに近年では、マスメディアへ出演するからといって、そう簡単にヒットにつながる時代ではなくなった。

 第3回総選挙で1位となった前田敦子さんの得票数は、全体の12%ほど。先に挙げた「Everyday、カチューシャ」の販売寄与を換算すると、約19万枚となる。これは昨年のシングルCD販売ランキングで、37位にあたる。また、同じく人気メンバーの板野友美さんは昨年ソロデビューを果たしたが、そのシングルCD販売数は21万枚(販売ランキング26位)で、前田さんと同程度。つまり、圧倒的に売れているAKB48の中心メンバーであっても、今のところ個々で期待できる販売力は、ミリオンに遠く及ばないことが示唆される。

 ただし、このことは彼女たち個々人に人気が無いということを、短絡的に言っているのではない。そもそも現在では、AKB48の他にミリオンを売るミュージシャンやタレントがほとんど存在しない。音楽・芸能市場の縮小か、あるいは消費者の嗜好の複雑化によって、「みんながみんな同じタレントや歌を好きなる」時代が終わったと考えるべきだろう。そしてAKB48は、こうした大ヒットの出づらい現代において、ロングテール的要素を上手く組み込んで存在している。テレビに出演する一部のメンバーに依存するのではなく、その他大勢のメンバーが多様なファンの心をつかみ、AKB48全体の人気を支えている。彼女たちの代表曲の1つに「ポニーテールとシュシュ」という作品があるが、さながらロングテールとシュシュというわけだ。

国民的ヒットより、たくさんの選択肢

 メディアにあまり露出しないメンバーたちは、握手会やAKB48劇場での公演を通じてファンの拡大を目指す。AKB48の熱心なファンの中には、お気に入りのメンバーのために、1人で複数(時には100枚単位のCD)の投票券を購入する人々が存在する。つまり、メディアを通じて大勢のファンに訴求できなくとも、一部のファンに深く愛されることで人気を高められるチャンスがある。

 また、AKB48には「選抜じゃんけん大会」というイベントがある。その名の通り、じゃんけんだけで選抜メンバーを決める仕組みで、じゃんけんにさえ勝てば、人気など一切関係なしにメディア等での露出機会が与えられる。こういった仕掛けが、総選挙で上位から漏れたメンバーを奮起させ、更なるファン獲得への努力に結び付いていく。テール(非売れ筋)の活性化を鍵とするロングテールの概念そのものである。

 このようにAKB48は、いわゆる「会えるアイドル」とは別のヒットの秘訣を教えてくれる。すなわち彼女たちは、国民的ヒットが生まれない時代における、1つの適応事例である。

 従前の企業経営では、選択と集中という名のもと、「金のなる木(売れ筋)」に経営資源を集中することが是とされた。しかしながら、短期的なROI(投資利益率)という企業の理屈を盲信すると、複雑化する消費者のニーズを図らずも切り捨ててしまう恐れがある。それでもアップルの前CEO、故スティーブ・ジョブズ氏のようなカリスマであれば、その才能や決断力に従って金のなる木を育てればいい。しかしそうでないなら、ヒットばかりを追い求めるよりも、無数の選択肢を消費者に提示する仕組み作りを目指すのも一手だ。そのためには、テール(非売れ筋)の損益分岐点を下げつつ、人気を高める仕掛けを打つ。無論、ただ商品を増やすだけでは消費者に煩雑さを与え、あまり歓迎されない。多数の商品から「選ぶ」「探す」という行為を、消費者にとって「楽しみなこと」に変換することが肝要だ。

 AKB48の第4回選抜総選挙は、6月6日に開票される。誰が1位になるか、お気に入りのタレントが何位になるか、ファンは気をもんでいるだろう。他方、興味のない人々には、AKB48は一過性のブームに映るかもしれない。しかしそもそも、タレントのライフサイクルは一般的に極めて短いもの。この売れづらい時代において、AKB48が息の長い人気を保てるかどうか、筆者は「その他大勢のメンバーたち」の動向に注目したい。



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