「鉄道ツアー」のカラクリは、このようにできている
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1206/08/news004.html
2012年06月08日 08時01分
鉄道ファンのなかでも「乗り鉄」と呼ばれる人々はきっぷの知識に詳しい。時刻表を熟読しているから日程も自分で作れる。日本旅行は、そんな旅の達人を相手にあえて「鉄道ツアー」を仕掛けている。そこには従来のパックツアーの常識を覆す仕掛けがあった。
[杉山淳一,Business Media 誠]
鉄道会社は鉄道ファンの集客にそれほど熱心ではない。特にJRや大手私鉄では、旅客といえば通勤、通学、観光などのお客が主となり、これらは平日需要、休日需要などの大きな視点で捉えられている。鉄道ファンという旅客対象はかなり小規模になる。鉄道会社にとって、鉄道ファンに関心があったとしても、規模が小さいために追い切れないという事情があるかもしれない。
そんな鉄道会社のマーケティングを補完すべく、鉄道ファンを獲得する会社がある。旅行代理店だ。旅行代理店は顧客の趣味や志向に合わせたパックツアーをいくつも企画しており、細かい需要に対応できる。鉄道趣味層へのアプローチもそのひとつにすぎない。
しかし、鉄道ファンは団体旅行を好むのだろうか。言葉に不慣れでガイドが必要な海外ツアーならともかくとして、国内パックツアーに参加する鉄道ファンは多いだろうか。なぜ私がそう感じるかといえば、自分自身、国内パックツアーに参加した経験がないからだ。乗りたい列車があれば自分でチケットを手配できるし、時刻表を片手にスケジュールの作成も自在。宿泊先もインターネットの予約サイトで予算に応じて選べる。
「旅にでたい、でもどうしたらいい分からない」という団体旅行はそんな人をサポートする仕掛けだと思っていた。しかしそれは誤解だったようだ。日本旅行の「鉄道ツアー」には、鉄道の達人も喜ぶ仕掛けがあった。
「葬儀屋」と揶揄される「さよなら列車ツアー」
日本旅行はJR西日本の子会社なので、鉄道との結びつきはもともと強い。日本旅行がJR西日本の列車で実施するツアーは、JR西日本からもプレスリリースが発表される。最近では「サロンカーなにわ利用『欧亜国際連絡列車100周年記念号の旅』」が発表され、すぐに満席となった。このツアーはもともとは日本旅行が催行する大阪発のロシアツアーの一部だった。豪華客船「パシフィックびいなす」を使い、敦賀とウラジオストックをクルーズするという旅で、この演出として往路に「サロンカーなにわ」を仕立てた。『欧亜国際連絡列車100周年記念号の旅』は、クルーズ利用客以外の列車の空席を活用するためのアイデアだ。
このほかにも、日本旅行には鉄道ファンをターゲットとした鉄道ツアーが多い。特に2010年の「500系のぞみファイナルツアー」からは顕著で、東京発、大阪発とりまぜて現在まで20回近く催行されている。最近話題となった「ニコニコ超会議」のブルートレインツアーは、発起人こそ鉄道ファンとして有名な向谷実氏だが、実務的な部分は日本旅行が手がけている。日本旅行が実施した鉄道ツアーは次の通り。
催行日 ツアー名
2010年2月 500系新幹線「のぞみ」最終列車乗車プラン『500系のぞみファイナル』
2010年3月 「さよなら!スーパーサルーンゆめじ号」
2010年3月 『北陸、能登ファイナル』
2010年5月 RAILWAYS〔レイルウエイズ〕の舞台 島根県一畑電車を訪ねる旅
2010年6月 電車でGO! 向谷実氏企画 並大抵ではわからない ミステリーツアー
2010年7月 485系「リゾートエクスプレスゆう」でめぐるミステリーツアー
2010年8月 「山陽新幹線全タイプ制覇」ツアー
2010年12月 『キハ181系 かにカニはまかぜ 最終運転日乗車と浜坂カニ料理』ツアー
2010年12月 12 / 4出発限定 東北新幹線新青森開業一番列車はやて11号で行く青森フリープラン1泊2日
2011年2月 キハ181系ファイナル! 「ありがとうキハ181系」号
2011年3月 「485系雷鳥ついに引退 さよなら雷鳥」ツアー
2011年3月 ボンネット形よ永遠に 「ありがとう489系号」の旅
2011年6月 ひたちなか海浜鉄道 車両清掃応援と営業再開1番列車の旅
2011年8月 新・鉄子の旅メンバーと行く ひたちなか海浜鉄道応援ツアー 実施
2011年12月 鉄道写真家広田泉さんと行くなごみ&ひたちなか海浜鉄道の旅
2012年2月 日本から海を渡ったブルートレイン マラヤンタイガートレインに乗車するツアー
2012年3月 ありがとう 定期運行終了 寝台特急「日本海」 急行「きたぐに」ツアー
2012年3月 長野電鉄 屋代線 惜別特別企画 ありがとう屋代線の旅
2012年3月 「鉄道ファンによる、鉄道ファンのための企画会議ツアー in由利高原鉄道」
2012年3月 ありがとう100系&300系新幹線 山陽新幹線最終列車乗車プラン
2012年3月 ありがとう113系 阪和色 ツアー専用貸切列車乗車プラン
2012年4月 ニコニコ超会議特別ツアー 大阪発上野行きミステリーツアー
2012年4月 ニコニコ超会議特別ツアー お座敷列車「宴」ミステリーツアー
2012年6月 鉄道写真家広田泉さんと行く 姉妹駅提携記念企画第1弾 会津鉄道芦ノ牧温泉駅ひたちなか海浜鉄道那珂港駅 会津モリモリツアー
2012年7月 「サロンカーなにわ利用『欧亜国際連絡列車100周年記念号の旅』」
これらの企画で特に目立つ文字が「ありがとう」「さようなら」「最終」などの文字だ。日本旅行の鉄道ツアーはほとんどが廃止される列車や車両をテーマにしている。廃止車両や廃止路線に集まる鉄道ファンを「葬式鉄」と呼ぶところから、親しみ(?)を込めて日本旅行を「葬儀屋」などと揶揄(やゆ)するファンもいる。
社員のほとんどが鉄道ファンだからできた企画
日本旅行では経営管理部に「新規事業室 鉄道プロジェクト」を設置している。もっとも、これ以前にも「リバイバルはと」などの鉄道ツアーがあったという。社員のほとんどが旅行好きであり鉄道ファンであり、JR西日本との結び付きが強く、鉄道会社内部の鉄道ファンとも連携できる。これが日本旅行の強みとなっている。
「車両が引退する、列車が廃止になる。そういう時に、鉄道会社の営業担当さんから『記念ツアーをやりませんか』という提案はほとんどないです。鉄道会社にとっては定期列車の座席販売が第一です。そういった売り込みに対して、こちらが旅行商品を開発して集客する。その貢献があって初めて、ウチから『さよなら列車ツアーをやらせてもらえませんか』とお願いするわけです」(日本旅行)
さよならツアーが多い理由も、去りゆく列車や路線を惜しみたいという鉄道ファンの気持を理解しているからだ。特急車両やブルートレインなどの花形車両だけではない。『ありがとう113系阪和色』は「通勤電車のひとつの塗装が終わるだけ」という地味なネタである。しかしそれを懐かしいと思う人は必ずいる。企画者が鉄道ファンだから、集客の見込みができ、貸切列車を仕立てられる。
「さよなら、というキーワードには確かに集客力があります。でもそれだけではなくて、特別なルートを経由するとか、鉄道グッズの販売を組み合わせるとか、ツアーならではの体験を織り込んでいます」(同)。
鉄道ツアーは物販でもうける、という仕組みもできつつあるようだ。日本旅行は大阪駅に鉄道の旅をテーマとした「鉄道プラザ」を運営している。ここでは旅行商品のほかに、鉄道グッズも扱っている。こうした取り組みから鉄道ファンへアプローチするノウハウを蓄積している。
「おひとりさま」をツアーに集める仕掛け
鉄道ファンが企画するから、鉄道ファンの気持ちも理解している。個人で手配すれば安いきっぷもあるし、完全な自由行動で気兼ねなく過ごせる。そんな人々を鉄道ツアーに呼ぶにはどうしたらいいのか。いかに個人旅行ではできない体験を組み込むか、である。
貸切列車を仕立てるツアーは「個人旅行ではできない体験」が売り物になっている。対象の車両が普段は走らない特別なルートを経由したり、途中駅で停車時間を長く取って、車両を心置きなく撮影できるように配慮したり。特製ヘッドマークを掲げて、そのヘッドマークをオークション形式で販売したりする。車内でも限定グッズの販売会が行われる。
「割高でも参加してよかった」という仕組みづくりも重要だ。例えば「記念乗車証」。これはその列車に乗った証明書だ。昔ながらの厚紙のきっぷ(硬券)を模したものや、もっとも風景のよい場所で撮影された写真などが使われている。定期列車の最終便では、ツアー参加者のみ配布される。みどりの窓口で指定券を買った人はもらえない。食事付きツアーの場合、乗車記念弁当が配布される。これも専用の「引退記念掛紙」が使われる。引退列車を背景にした記念写真を撮る時間を作ったり、その際に日付が入った記念ボードも用意する。
旅行会社が鉄道のチケットを販売した場合の手数料は、わずか5%だ。旅行会社にとって、観光を伴わない鉄道ツアーは「手間ばかりかかってもうけは少ない」ともいえる。日本旅行も「列車を貸しきったさよならツアーの場合、集客のみでは利益が出ない」という。しかし利益は物販で確保しているとのこと。列車に使用した記念ヘッドマークをオークション形式で販売し35万円で売れたという「成功例」もあるという。
もうひとつ。団体旅行でありながら、個人の自由を尊重するプランが重要だという。宿泊ツアーの場合は、必ず個室、シングルルーム利用のオプションを用意しておく。一般の温泉旅行ツアーは夫婦やグループ参加が多いため、基本的には2人部屋を組み合わせる。しかし鉄道ツアーは「おひとりさま」が多い。旅館でもシングル利用がカギとなる。
「ひとり2座席利用」というオプションもある。1人参加でありながら窓側、通路側と並んだ2座席を提供する。他人と相席しないで気兼ねなく過ごせるし、隣の席にカメラバッグを置いて作業に使えるため好評だという。こうした「かゆいところに手が届く」サービスを用意して「ツアーに参加してよかった」「ツアーのほうが楽しい」と評判になり、鉄道ファンを獲得してきた。
旅行業界はツアーバスの台頭や格安航空会社(LCC)の就航など低価格志向となっている。チケットや宿のオンライン販売も普及してきた。オーダーメイドの旅を自分で作れる時代に、パックツアーとはどうあるべきか。サービスのあり方が問われている。
0 件のコメント:
コメントを投稿