2012年11月19日月曜日

■中日「トイレ文化」、その違いと交流


中日「トイレ文化」、その違いと交流
http://j.people.com.cn/94475/8007554.html
「人民網日本語版」2012年11月7日

 日本では、11月10日は「トイレの日」だ。トイレという場所は、「汚いところ」「隠すべきところ」という一般的な観念があるため、話題にするのは恥ずかしいと感じる人が多い。ところが、日本では、一種独特の「トイレ文化」が育まれてきた。日本人ほどトイレを重んじる民族は、世界のどこを探してもいないだろう。「トイレの日」が設けられているだけではなく、「トイレの神様」がいると信じられ、さらには「日本トイレ協会」という全国組織まである。「トイレの美」に対する日本人の追求は、留まるところを知らない。「古式ゆかしい」「ハイテク最前線」などなど、思いつくものは全てトイレに取り入れられ、活用されてきた。ごく小さな空間だが、そこには日本の「トイレ文化」が濃縮されている。日本新華僑報が伝えた。

 中国で改革開放が始まった最初の年、日本人観光客が中国を訪問した時、最も驚きかつ躊躇したのは、街中でトイレに行くことだった。「全てが丸見え」状態の都市の公衆トイレで用を足すことは、日本人にはどうしてもできなかった。トイレにトイレットペーパーが置かれていないことに驚く日本人、トイレの最中に知人と顔を合わせると気軽にあいさつを交わす中国人を見て理解に苦しむ日本人、さまざまだった。当時、日本人観光客が中国で1日の観光をスタートする前に、ガイドが観光客に必ず注意するのは、「ホテルの客室でトイレを済ませておくこと」だった。

 いまでは、中国人観光客は日本市場で「特上のお客様」となった。日本の旅行業界は、中国人観光客の争奪戦に勝つため、あれこれ知恵を絞っている。しかし、中国人観光客が困っているのは、世界第2の経済大国だった日本で、街頭にある公衆トイレの数が少なすぎることだ。 一方、中国では、大通りや路地、あらゆるところに公衆トイレがある。これでは急にトイレに行きたくなった時に、あまりにも不便だと中国人は感じている。また、日本では、「小便禁止」という貼り紙が街のいたるところに見られるが、小便という「下品な行為」が日本に今も存在している理由を、中国人はどうしても理解できない。

 さらに、中国では、用便で使ったトイレットペーパーは、「使用済みペーパー入れ」に捨てる。中国人観光客が日本でトイレに入り、「使用済みペーパー入れ」を探しても見つからずに焦ってしまう。そして、トイレットペーパーを便器の中に捨てることが、「マナー違反」ではないか、さらには中国人観光客の評判を落とすのではないか、はたまた便器を詰まらせてしまうのではないか、などと数々の心配が頭をめぐる。さんざん心配した挙句、日本ではトイレットペーパーは便器に捨てる習慣があることを、後になって知る。ただし、トイレットペーパーと異なり、女性の生理用ナプキンは、自分できちんと折りたたんだ後、専門容器に捨てなければならない。

 中日両国の「トイレ文化」には、相違点がさまざまあるだけではなく、「交流」と「融合」もある点についても、決して見逃してはならない。中国の大都市では、先に述べたような中国の「トイレ文化」は、すでに過去の出来事となった。この30年あまりで、中国各都市で最も変わったものの一つに、トイレがある。トイレの進歩の多くは、日本のトイレ文化を採り入れたものだ。また、日本も中国の都市建設の事例を参考に、駅・公園・百貨店などの公共施設で、「トイレ」のマークを誰でもはっきり分かるように掲示するようになった。また、日本語・英語・中国語・韓国語の各国語で表記し、「観光グローバル化」の需要に対応している。

 一つの国の「トイレ文化」は、その国の民族の生活習慣を反映しており、国家の文明度を測る尺度にもなっている。21世紀のいま、「トイレ文化」は、海外に対して「ソフト・パワー」を示す役割も果たしている。中日両国は、いかにして自国の「トイレ文化」を世界と融合させるべきか、また、いかにして「ソフト・パワー」を高めるべきかについて、改めて熟考する必要がある。これは、男性トイレの小便器の前によく貼ってある標語「向前一小歩、文明一大歩(もう一歩前にお進み下さい。ひとりにとっては小さな一歩ですが、人類にとっては大きな一歩です)」と通じるところがある。(編集KM)




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