「長距離鉄道旅行」の終焉が、近づいてきた
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2012年07月27日 08時02分 コラム
杉山淳一の時事日想
夜行列車などの長距離列車が次々と姿を消している。いまやJR各社のメインターゲットは長距離旅行客ではなく、自社エリア完結型の短距離客。時代は変わり、JRも変わり、すでに鉄道を利用しての長距離旅行は“終わった”のかもしれない。
[杉山淳一,Business Media 誠]
ほとんど言いはやされていないが、今年はJRグループ発足から25周年である。25という数字は50や100には及ばない。しかし4分の1世紀であるし、営業プロモーションに使える数字だ。20周年の時は盛大だったような記憶があるが、今年は密かにJR九州が2万5000円の記念旅行商品を設定し、JR四国が小さなイベントを実施するくらいだ。
記念と言えば、今年は青春18きっぷの発売から30周年である。こちらも記念行事がまったくない。30はキリがいい。こちらもプロモーションしていいはずだが、特にキャンペーンの動きはない。東日本大震災からの復興がほど遠い状況を考えれば、まだ自粛ムードが漂っているのかもしれない。もっとも、計画停電で列車の運休や減便が検討されている状況では、おめでたいムードになりにくいだろう。
ともかく、全国一体の「日本国有鉄道」の路線網が6つの地域に分割されてJR旅客各社が発足して25年経った。いわゆる分割民営化について、当時は「日本一体の鉄道ネットワークが機能しなくなる」という声も多かったと記憶している。そして懸念通りになった。JR旅客会社は互いの連携意識が希薄になっている。長距離きっぷより自社内のきっぷに注力し、長距離列車は衰退した。前回紹介した周遊きっぷの衰退が、まさにそれを象徴している(関連記事)。
JR発足25年を振り返って、これで良かったと思いますか? と聞かれれば「悪くなかった」と答える。なぜならJR発足以前に、長距離旅行で鉄道が選ばれなくなっていたからだ。
周遊きっぷは「フリーきっぷ未開発時代」の名残
周遊きっぷの元祖は、高度成長期の1955年に誕生した「周遊券」だ。全国の観光地などについて国鉄が定めた「周遊指定地」を2カ所、あるいは「特定周遊指定地」を1カ所以上回るきっぷだ。「出発地に戻り、国鉄の乗車距離が101km(キロメートル)以上」という条件で、国鉄は2割引、連絡する他社の鉄道やバス路線は1割引になった。いわばオーダーメイドの割引クーポンである。
翌年の1956年からは、北海道、東北、信州、四国、九州など、広範囲なエリアを乗り放題とする「ワイド周遊券」が発売された。これは周遊券の簡易版で、往復経路は指定ルートから選択でき、エリア内は乗り降り自由。往復、指定エリアとも急行自由席を利用可能。後に指定エリア内の特急自由席も乗れるようになった。40代以上の汽車旅好きの方なら「夜行急行列車と青函連絡船を乗り継いで北海道ヘ、道内の夜行列車で泊まって宿泊費を節約する」という旅を経験した方も多いだろう。
1970年にはエリアを狭めた「ミニ周遊券」が誕生した。エリア内は特急に乗れなかったが、狭いエリアだけに料金が安く、手軽に出かけられた。当時は周遊券以外のフリーきっぷは少なかった。また、往復きっぷの代わりに使う人も多かったはずだ。
国鉄からJRに移行して約10年たった頃、これらの「周遊券」「ワイド周遊券」「ミニ周遊券」を統合して作られたきっぷが「周遊きっぷ」だ。「周遊券」のようにルートの自由度を持たせ、指定エリア内は「ワイド周遊券」「ミニ周遊券」のように使える。周遊きっぷのゾーンが当初67もあった理由は、「ワイド周遊券」「ミニ周遊券」を継承したからだ。
しかしそのゾーンがどんどん減ってしまった。2012年春には19も減って、残す地域は13となった。理由は「販売実績が少ないから」というが、宣伝もせず、公式Webサイトに説明もなければ新規利用者が増えるはずもない。もはや周遊きっぷは「ワイド・ミニ周遊券」のうまみを覚えている「古い汽車旅好き」のために残された“裏メニュー”だ。
長距離旅行の変化、シンプルな新型きっぷの誕生
周遊きっぷ衰退の理由はいくつか考えられる。新しいフリーきっぷの開発と、鉄道の旅の変化だ。
JR化以降、魅力的な企画きっぷがたくさん登場して、相対的に周遊きっぷの価値が下がってしまった。例えば北陸方面の旅を考えると、東京からは新幹線や特急も使える「北陸フリーきっぷ」がある。これはわずかな差額でグリーン車用も購入できる。いまはなき寝台特急「北陸」のB寝台も差額なしで使えた。大阪からは2名からの利用で「金沢・加賀ぐるりんパス」がある。他の地域も「往復きっぷ+フリーパス」というスタイルのきっぷがいくつか登場している。
また「現地で購入できるフリーきっぷが増えた」という事情もありそうだ。「ワイド周遊券」発足時とは違って、現在は全国各地にフリーきっぷがある。国鉄の現地購入型フリーきっぷの元祖は1971(昭和46)年に発売された「国電フリー乗車券」で、エリアは23区内限定だった。有効期間は1日のみ。現在の「都区内パス」にあたるきっぷだ。こうしたフリーきっぷは少なく、あったとしてもエリアが狭かった。当時は乗り降り自由の旅をしたければ、「ワイド周遊券」「ミニ周遊券」を買うしかなかった。
30年以上も前、当時小学6年生の私は、「国電フリー乗車券」では物足りないと感じ、東京住まいにもかかわらず「東京ミニ周遊券」を買うために静岡まで出かけた。静岡は東京から最も近い発売駅だった。「東京ミニ周遊券」のフリーエリアは、東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県北部。現在の「休日おでかけパス」とほぼ同じだ。私は東京近郊の電車をすべて乗りつくそうと思っていたので、静岡発着の「東京ミニ周遊券」を買ってもモトがとれた。
しかしいまは都内で「休日おでかけパス」を買えばいい。他の地域も「北海道フリーパス」「四国フリーきっぷ」など、現地で買えるフリーきっぷがたくさんある。これらのきっぷは「周遊きっぷ」よりシンプルなルールで手軽に買える。売る側もきっぷの名前を聞いて端末を叩いて発券するだけだ。
国内航空とバスの規制緩和で鉄道の役割が明確に
周遊きっぷを買わなくても、飛行機や高速バスで目的の地域へ行って、現地の鉄道のフリーきっぷを買えばいい。目的地までの移動で「鉄道にしばられたくない」という旅行者は多いだろう。そもそも「周遊きっぷ」による長距離鉄道利用は不便になってきた。夜行列車は廃止され、新幹線を使いたくても、利用機会の多い東海道新幹線は「5パーセント条項」(※)で価格メリットが小さい。
※周遊きっぷで東海道新幹線を利用する場合、「ゆきけん」「かえり券」が600km以下の場合は割引率が5%に下がってしまう。
国内航空路は整備が進み、ツアーバスも台頭している。鉄道にこだわるにしても「新幹線用の往復割引きっぷのほうがトク」という地域もありそうだ。こうした時代の流れに「周遊きっぷ」の役目が終わりつつある。
JRグループ各社にしてみれば「自社エリアの鉄道を利用してくれるなら、そこに到達するまでは鉄道でなくても構わない」という考えがあるだろう。もちろん、飛行機やバスより、鉄道の長距離きっぷを売りたいかもしれない。しかし、鉄道運賃は遠距離逓減制となっていて、長距離になるほど1kmあたりの単価が下がる。JR東日本の場合、1kmから3kmまでは140円で1kmあたり約140円~46円。これが541kmから560kmの区分になると、1kmあたり約15円から約16円になる。短距離きっぷのほうが儲かる仕組みだ。
きっぷの目的地が自社のエリアを超えれば、隣のJR会社と配分しなくてはいけない。だから長距離きっぷはうまみが少ない。それなら「自社エリアで完結する短距離きっぷや中距離きっぷに力を注ごう」となるわけだ。長距離きっぷに力を入れるつもりがなければ、長距離列車もいらない。寝台特急はなくなり、在来線列車の走行距離も分割されていく。
新幹線も長距離だが、JR東日本は自社内で完結する。東海道・山陽新幹線はJR東海とJR西日本で協業するものの、自社路線内重視のダイヤになっている。九州新幹線と山陽新幹線も同様だ。しかも九州新幹線と山陽新幹線の場合、直通列車の新幹線特急料金はそれぞれの区間の「合算」である。ちゃんと自社エリアの利益を確保している。
しかし、長距離鉄道旅行の衰退は、JRが自社内重視の施策に転じたからではない。国内航空の自由化、高速バスの自由化によって運命づけられていた。JRグループはこの時代の流れに対応し、民間企業として利益を追求しているのに過ぎないのだ。
利用する側の私だって、周遊きっぷより使いやすいきっぷがあれば、そちらを使う。東京から遠い地方の鉄道に乗りに行くために、限られた時間と予算で考えれば、高速バスや格安航空会社を使うだろう。周遊きっぷの衰退は寂しいが、それは「周遊」という文字に想起される郷愁だけかもしれない。
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