携帯電話はぜいたく品?―米国でホームレスのつぶやきが急増 【肥田美佐子のNYリポート】
http://jp.wsj.com/US/Economy/node_501515
2012年 8月 27日 18:27 JST ウォールストリートジャーナル
昨年、全世界で59億台に達した携帯電話。総人口は70億人強だから、ほぼ1人に1台出回っている計算だ。もはや現代人の必須ガジェットだが、今やホームレスの人たちにとっても、「ライフライン(生命線)」になりつつある。
フードスタンプ(連邦政府による低所得者層向けの食料配給カード)などの受給申請をはじめ、フェイスブックやツイッターで、家族と連絡を取り合ったり、安全な寝場所やおいしいスープキッチン(炊き出し所)に関する情報を仲間同士でシェアしたりするのだ。
「寂しい」とつぶやき、見知らぬ人になぐさめられることで、人の優しさに触れ、他人への信頼を取り戻す人もいる。
特にホームレスの若者には、3度の食事と同じくらい重要になっている。昨年12月に発表された南カリフォルニア大学の研究結果によると、十代のホームレス人口の62%が携帯電話を持っているという。
また、その半数以上が、ホームレスでない友達と関係を保ち、両親とやり取りする若者も4割を超える。就活で、企業などと連絡を取り合う人も36%に上る。日本でも、ネットカフェや野宿でしのぐ若者が、携帯電話に日雇いアルバイトのメールが入ると飛んでいく、という話を耳にする。
研究を行ったエリック・ライス助教の過去の調査では、住み家を持たない十代の若者の85%が、携帯電話や図書館などの共用コンピューターでインターネットにアクセスしていることも分かっている。
確かに「ウォール街を占拠せよ」デモの取材でも、連夜、野宿をしたり、仲間の家を泊まり歩いたりしている無職の若者が肌身離さず携帯電話を持っていて、「用があるときは『テキスト(ショートメッセージ)』してくれ」と、番号を教えてくれることも多い。
州によっては、ホームレス人口の大半を、親類の家やシェルターを転々とする家族持ちが占める場合もある。そうしたファミリーにとって、児童向け公共無料食事サービスの配給場所などをつかむためにも、携帯電話は欠かせない。
ニューヨーク市でも、6月終わりから、18歳以下の子供たちを対象に、公立校や公園で、朝食とランチの無料配給サービスが始まった。市のホットラインに電話するか、指定の番号に「NYCMeals」(ニューヨークシティー・ミールズ)とショートメッセージを流せば、どの公立校や公園で支給されるかが分かる。
だが、生活保護を受けている人たちが携帯電話を持つことに対し、保守派からは辛らつな批判の声も聞かれる。
3年余り前、ミシェル・オバマ米大統領夫人が首都ワシントンのホームレスシェルターを訪れ、食事の手伝いをしたときのことだ。若いホームレス男性が、エプロン姿のミシェル夫人に携帯電話を向け、夫人がおどけたところをパチリ、としたのだが、保守派の急先鋒として知られるラジオのトークショーホスト、ラッシュ・リンボー氏は、番組のなかで、「これが『福祉大国』の姿だ」と、弱者にやさしいオバマ政権を痛烈に皮肉った。
というのも、米国では、「ライフライン」と呼ばれる低所得層向けの連邦政府プログラムの下で、フードスタンプや女性・児童向け栄養強化計画(WIC)などの受給者に、無料通話付きの携帯電話が支給されるからだ。
米オンラインニュースサイト「ブライトバート」によると、1980年代半ばに誕生した同プログラムは、当初、へき地や低所得層の電話代を補助するものだった。だが2009年、オバマ政権の下で、ディスカウントの携帯電話サービスも始まり、フードスタンプ受給者などは、無料で新しい携帯電話を使えるようになったという。
07年以来、フードスタンプ受給者自体が74%急増して4600万人に膨れ上がり、10年には、連邦政府に納められた全法人税の3割以上がフードスタンプに消え、米国が「フードスタンプ国家」(ロイター通信)となった今、ライフラインプログラムの利用者も、それに比例して増加。05年の690万人から09年には860万人に増えた。
昨年、米連邦通信委員会(FCC)が発表した報告書によると、11年からの3年間で、同プログラムのコストは57%増加し、14年には33億ドルに達する見込みだという。
保守派が特に問題視するのが、1人で複数台申請するといった不正受給だ。ニューヨーク州でも、11年にはひとケタ台に下がったものの、07年には、無資格者受給率が15%を記録。07年当時、南部アリゾナ州では、不正受給が約半数に達していた(11年には9%に激減)。
とはいえ、ホームレスの人たちにとって、携帯電話は、実利的な恩恵はもちろん、通話やソーシャルメディアを通じて社会との接点を保ち、声なき声を届けるための、かけがえのないツールだ。
米科学系オンラインニュースサイト「ユーレカアラート!」(8月17日付)によると、オハイオ州デートン大学の調査で、ソーシャルメディアが、ホームレスの人々に平等な機会とコミュニティーへの帰属意識を提供する貴重な場になっていることが分かった。何日お風呂に入っていなくても、定住場所がなくても、バーチャルな空間では平等に扱ってもらえるからだ。
12年現在、3262人のホームレス人口(地上1628人、地下鉄構内1634人)を抱えるニューヨーク市でも、住み家のない人たちに無料通話込み携帯電話を期限付きで支給する動きなどが出てきた。
昨年、有志によるホームレス支援プロジェクト「アンダーハード・イン・ニューヨーク」の下で、1カ月分のショートメッセージ無制限サービス付きのプリペイド携帯電話を4人のホームレス男性に支給したところ、ツイッター上で若いニューヨーカーなどとつぶやき合い、就職の面接のチャンスまで手にした人がいたという。
ネットにアクセスするために、図書館まで2時間半歩いて通っていた男性は、寝場所近くにある会社のオフィスの一角を提供され、コンピューターまで使わせてもらえることになった。ツイッター上で、オファーを受ける気があるかどうか尋ねられたホームレス男性は、「えー、何て答えたらいいか分からないよ!」と、照れながらつぶやいた。
ちなみに今年、ニューヨーク市全体では、ホームレス人口が昨年の23%増を記録し、ブルックリンやブロンクスでは約50%もはね上がった。全米の大都市の多くに逆行し、ニューヨーク市では、住宅ローンの債務不履行率が依然として上がり続け、フォークロージャー(住居差し押さえ)も増えている。
携帯電話がぜいたく品かどうか――。もはや、そんな議論をしている余裕はなさそうだ。
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