2012年1月28日土曜日
■ネットに出現した「給料比べ族」月給1万元の上海独身貴族の悲しい実態
ネットに出現した「給料比べ族」月給1万元の上海独身貴族の悲しい実態
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120117/226217/?ST=print
2012年1月20日 金曜日
日本語に「暴走族」や「窓際族」、「蛍族」といった語尾に同類の仲間を意味する「族」が付く言葉があるが、中国語にも“飈車族(暴走族)”とか“蟻族”<注1>といった語尾に“族”が付く言葉がある。この中国語の“族”が付く言葉に近年“比薪族”が新たに加わった。中国語で「給料」のことを“薪水”と言うが、“比薪族”とはその“薪水”の比較をする人々を意味する。
<注1>“蟻族”とは「失業あるいは半失業の状態で蟻のように家賃や生活費の安い地域に集中して暮らす大学卒業生集団」を意味する。
給料を晒し、他人と比べる“比薪族”
中国人には人と知り合いになると、それが初対面であっても「あんたの給料はいくら」とあっけらかんと質問する傾向がある。<注2>外国人である我々はこれにどう答えたらよいのか分からず、どぎまぎして言葉を濁すのが通例だが、中国人同士だと臆面も無く互いの給料を教え合う。従って、これが同じ会社の同僚の間柄だと、当たり前のように給料明細を相互に見せ合うので、支給額が少ない方がその直属上司や人事担当役員にその理由を明確にしろとねじ込んでくることになる。
“比薪族”とはネットの掲示板に立ち上げられた“比薪(給料比べ)”のスレッドに、匿名で自分の年間の収入状況、即ち基本給、役職手当、各種補助手当、ボーナスなど書き込み、次々と書き込まれる他人の収入と比較する人たちである。「給料」を別の言葉で“工資”とも言うので、自分の給料をネットの掲示板に公表することを“晒工資(給料を晒す)”と言う。要するに、“晒工資”をして他人の給料と比べる人々を“比薪族”と呼ぶのである。
<注2>2007年4月13日付本リポート「中国人は『給与明細』を見せ合うのが好き」参照。
中国は国土面積が広く、「沿海部、内陸部、辺境地区」あるいは「都市部と農村部」、さらには「大都市と中小都市」といった地域格差が大きいので、給与を比較するといっても、同じ地域に勤める者同志でないと厳密な比較にはならない。それでも給料の多い人は少ない人に対して優越感を持つだろうし、少ない人は多い人の地域への転出を考える参考とすることもあるだろう。また、もっと穿(うが)った見方をすれば、お互いに賃上げ交渉のための情報を交換していることになるのかもしれない。とにかく、給与を相互に公表することで、安月給に対する日頃の不満を解消していると考えれば、それなりに意味があるのかも知れない。
さてそこで、その“比薪族”の1人の生活実態を見てみよう。これは2011年の年の瀬も押し詰まった12月28日に、上海紙「解放日報」傘下のニュースサイト“解放牛網(jfdaily.com)”が掲載した、「上海で月収1万元の“白領(ホワイトカラー)”の悲惨な生活、ケンタッキーフライドチキン(KFC)すらぜいたく」という記事である。この記事の主人公は遼寧省出身の青年で、上海の外資系企業に勤めていると思われる独身のサラリーマンであり、月収は1万元だという。
その彼が中国一の繁栄を誇る大都会“上海”での月収1万元の暮らしがいかに惨めなものかを赤裸々に語っている。ちなみに、月収1万元は日本円に換算すると約12万5000円である。2011年3月に発表された上海市における労働者の平均年収は4万6757元で、これを12等分した平均月収は3896元(約4万9000円)であるから、月収1万元は平均水準を遥かに上回る額である。独身貴族と言ってよい身分に思えるのだが、彼は自分の生活の収支状況について次のように分析している。
平均の2倍以上、月収1万元は独身貴族か?
自分の1万元の月収の収支を計算してみると下記の通りだが、これが上海における月収1万元の独身者の生活の実態である。
【手取り額の計算】
(1)収入(月給の支給額):1万元
(2)社会保険費(養老保険8%、医療保険2%、失業保険1%)の控除額:1086元
最新の2008年平均賃金の3倍に基づいて計算した基本給の上限は9876元なので、これをベースにして11%で控除額を計算
《計算:9876元×11%=1086元》
(3)“住房公積金(住宅積立金)”の控除額:607元
基本給の上限を8671.5元として7%で控除額を計算
《計算:8671.5元×7%=607元》
(4)税引き前収入:8307元
《計算:1万元-1086元-607元=8307元》
(5)個人所得税を控除:886元
上記(4)の金額をベースに基礎控除額を2000元として計算<注3>
<注3>個人所得税の基礎控除額は2011年9月1日から3500元に調整されたが、この記事は調整前の2000元で書かれている。基礎控除額を3500元として計算すると個人所得税は406元となり、今では従来より480元安くなっている。
(6)手取り額:7421元
《計算:8307元-886元=7421元》
【支出額】
(A)住居費:1500元
“一室一庁全配(1DK家具・家電付)”の借家、所在地は上海市の中心部から少し離れた徐匯区漕宝路。会社までの通勤は、地下鉄は不便だし、バスは時間が保障されないので、遠すぎてはだめ。友人との同居は自由がないし、キッチンやトイレを使うのにも気を使うので面倒ということで、今の住宅を選定して1人暮らし。自転車で通勤するので、朝は8時30分に家を出れば問題ない。家賃は最安値の1500元。
(B)水道、電気、ガス、ブロードバンド、ケーブルテレビ、衛生管理費:合計308元
《内訳》
・電気代:100元前後、生活水準を落としたくない。電気は生活上で肝心な部分だからケチらない。(エアコン、冷蔵庫、テレビ、湯沸かし器、洗濯機、電子レンジ、換気扇、コンピューター、カメラ、携帯電話、電気カーペット、飲水器、電気炊飯器などが主たる電気器具)
・水道代:50元、シャワー、洗濯、炊飯が主体。
・ガス代:頻繁に炊事をすれば20元になる。
・ブロードバンド料金:最も安い料金体系で月額120元。
・ケーブルテレビ料金:13元
・衛生管理費:5元
《計算:100元+50元+20元+120元+13元+5元=308元》
(C)交通費:合計210元
大部分は自転車なので、駐輪代が10元必要。ただし、週末や、雨天、あるいは残業で遅くなった時などに地下鉄やバスにも乗るので、1週間に50元必要と考えて1カ月で200元と計算。
(D)飲食費:合計1780元
平日の食事は、1カ月の労働日を22日として、近所の食堂で朝食5元、昼食15元。夕食は自分で作れば15元だが、外食すると20~30元かかるので、間を取って20元。週末は外食となるが、ピザハットに行けば最低でも60元は必要なのにお腹は一杯にならないし、中華料理は客寄せの料理でさえも50元以上なので最低50元は必要だから、1日100元で計算。2日間は外出しない日があるので、これを除いて6日間で600元。さらに、果物、菓子類を1週間に1回買うとして少なくとも80元、1カ月合計で300元。
《計算:(5元+15元+20元)×22日+600元+300元=1780元》
親への仕送り600元、里帰りに420元
(E)日常品支出:100元
書籍、日用品、洗濯用洗剤、歯ブラシ、練り歯磨き、シャンプー、トイレットペーパー類。
(F)服装・靴:200元
男は身だしなみが大切だから、みっともない格好は恥ずかしいので、最低線として200元。
(G)携帯電話代:100元
最低ラインの費用。
(H)交友費:350元
自分はガールフレンドがいないので、学友や同僚と1カ月に2回ほど遊ぶ。これに少なくとも200元は必要だが、ガールフレンドがいれば最低でも500元は必要だから、中間を取って350元。
(I)交際費:200元
誕生日、バレンタインデー、クリスマス、友人の結婚や子供の出産などの度にプレゼントを準備しなければならない。結婚の場合は、普通の友人でも少なくとも300元、親しい関係や上司ならば少なくとも600元は覚悟しなければならない。これら費用の合計を1年間で2400元前後と計算すれば1カ月当たり200元となる。
(J)両親への仕送り:600元
実家のある遼寧省鞍山市の最低賃金基準は月額600元なので、両親には少なくて申し訳ないのだが、それと同額の600元を毎月仕送りしている。
(K)医療費:100元
今では風邪で注射を打つだけでも200元以上かかるので、平均して1カ月100元で計算。病気にならないことが肝要。
(L)旅行費:100元
1年に3回ほど近距離旅行をすると仮定して計算、1回の旅行費用(宿泊、交通、食事、買い物などの費用)は少なくとも500元はかかるので、平均して月100元で計算。
(M)“档案(身上書)”<注4>・“戸口(戸籍)”管理費:45元
本人は上海で働いているが、戸籍は遼寧省の大連市にあり、独立した戸籍にする条件を備えていないので暫定的に所属企業を戸主とする「集団戸籍」に入ることが義務付けられている。この管理費が毎年240元。一方、“档案”と“戸口”が1つの地域にない場合は、“档案”を居住地の人材交流センターに預かってもらうことになるが、この管理費が毎年300元。この合計を均(なら)して月45元として計算。
<注4>“档案”は正式には“人事档案”と言い、個人の中学以降の経歴、出身階級、本人の身分、政治的方向性、交友関係などが書かれている。一生ついて回り、入試、就職、昇進において重要な役割を果たす。所属する機関の人事部門が保管し、本人は中味を見ることはできない。なお、この青年が“档案”の管理費用を支払っていることから判断して、勤務先は恐らく外国企業であると思われる。中国企業ならば“档案”はその企業の人事部門が無料で保管するのが普通。
(N)里帰り費用:420元
遼寧省鞍山市の実家には飛行機と列車を乗り継ぐが、往復の飛行機代が2500元、さらに列車代、お年玉やお土産などを加えて、全部で5000元程度かかるので、これを均して月420元。
(O)その他費用:100元
個人的趣味の費用で、宝くじや収集品の購入、展覧会の参観など、月に100元として計算。
以上の総計:1500元+308元+210元+1780元+100元+200元+100元+350元+200元+600元+100元+100元+45元+420元+100元=6113元
【1カ月の収支】
(手取り額)7421元-(支出総額)6113元=(残額)1308元
上記はあくまで概算であるが、これらには娯楽、フィットネス、学習といった関連の費用は含めていない。上海市に住んでいる人はこの生活ぶりが特別なものでなく、ごく普通の標準的なものであることを分かってくれると思うが、どう考えても自分の生活は中流の下に属すると思うのである。
味千ラーメンやケンタッキーフライドチキンはぜいたく
【補足説明】
(a)もし住宅を買えばローンの返済に少なくとも500元(約6300円)以上支出が増える。車を買えば維持費に1000元(約1万2500円)以上支出が増える。さらに子供ができれば支出が1000元以上増える。その他、投資、社交、旅行、大きな買い物などが増えれば支出は増大する。
(b)上海の住宅価格は高く、自分が住んでいる徐匯区漕宝路辺りの中古住宅でも1平方メートル当たり1万2000元(約15万円)が最低水準である。こうした住宅価格を前提として考えると、上海では月収2万元(約25万円)以内の人は貧乏人に属する。このため、ある人民代表が上海市では個人所得税の基礎控除を8000元(約10万円)とするようにと人民代表大会で提案したが、残念ながら成立しなかった。
(c)貧乏人は毎日退社したらまっすぐ家に帰るのが一番良い。外食も“味千拉麺(味千ラーメン)”<注5>やケンタッキーフライドチキンはぜいたくで、値段の安い“蓋澆飯(ご飯におかずをかけた丼)”や“蘭州拉麺(蘭州ラーメン)”が主体とならざるを得ない。
(d)1万元の収入でも月末に手元に残るのはわずか1300元前後だが、これは1日当たり45元程度に過ぎず、外食の時に1品多く注文すればすぐに消えてなくなってしまい、“月光族(月給を月末にはすべて使い果たしてしまう人々)”の仲間入りをすることになる。
<注5>味千ラーメンは熊本県を本拠とするラーメンチェーンだが、中国では経営権を譲り受けた香港企業が500店舗以上を運営していて非常に有名な存在。中国ではラーメンにとどまらずその他の日本食も提供している。
以上が記事のすべてだが、中国では年末のボーナスが1カ月分支給されるのが一般的なので、この青年の年収は13万元(約162万5000円)ということになるだろう。上述したように上海市における労働者の平均年収は4万6757元(約58万5000円)であるから、この青年の年収は平均の約3倍ということになる。月給が1万元ということは、外資系企業の副科長(=副課長)クラスの役職で、年齢は恐らく30歳前後と思われる。これだけ恵まれた収入を得ているにもかかわらず、彼の生活は余裕があるようには見えないのである。年収13万元の彼でさえもこれだけ慎ましい生活をしているとすれば、平均年収4万6757元の人々がどれほど慎ましい生活を余儀なくされているか想像ができよう。
この青年が上海市の生まれで上海戸籍を持ち、両親が住宅を所有していれば、恐らく今でも両親の家に住んで住宅費の1500元を節約できるだろうし、里帰り費用の月420元や“档案”・“戸口”管理費の45元も必要ないことになる。そうすれば毎月約2000元の支出が不要となる訳で、これを出来る限り貯金に回せば、将来住宅を購入する際の頭金を蓄えることも可能となるだろう。地方出身者が故郷を遠く離れた大都会に住むことによって、大都会の地元の人々に比べて大きなハンデを抱えるのは致し方ないことかもしれない。
彼も昇進によって賃金が上昇するだろうし、結婚して夫婦共働きをすることにより妻の収入が加わって家庭全体の収入は増加するだろう。しかし、その後に待っているのは住宅購入による住宅ローンの返済であり、それに生まれてくる子供(一人子政策で1人だけかもしれないが)の養育費や教育費などが追加される。余裕のある生活が送れるようになるのは相当先のことになりそうである。それにしても毎月600元を両親に仕送りしているのは立派である。ただし、これは中国では当たり前のことなので、ほめる必要はないのだが、親不幸な筆者には偉いと思える。
2010年に日本を抜いて世界第2位の経済大国となった中国は表面的には繁栄を謳歌しているように見える。2012年1年13日付の“人民網(人民ネット)”は、「2011年12月末時点で、中国ぜいたく品市場の年間消費額(自家用のジェット機、船舶、高級車の消費を除く)は126億ドルに上り、世界全体の28%を占め、中国はすでに世界最大のシェアを誇るぜいたく品消費国家となった」という世界ぜいたく品協会(World Luxury Association)の公式報告を報じた。しかし、ぜいたく品を購入できる階層が全国民に占める割合はそれほど多くはなく、大多数の庶民はぜいたく品とはほとんど無縁の生活をしているのが実態である。富裕階級と庶民との間にある大きな所得格差をすこしでも早く是正して、庶民が世界第2位の経済大国を実感できるようにすることが中国政府に求められている。
(北村豊=住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト)
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿