2012年1月22日日曜日

■【肥田美佐子のNYリポート】ハーバード大学教授に聞く(後編)「米労働市場の構造的問題は、格差拡大と需要の二極化」


【肥田美佐子のNYリポート】ハーバード大学教授に聞く(後編)「米労働市場の構造的問題は、格差拡大と需要の二極化」
http://jp.wsj.com/US/Economy/node_378092
2012年 1月 20日  10:46 JST  WSJ

 1月6日に労働省が発表した統計によれば、2011年12月の失業率は8.5%と、約3年ぶりの低水準を記録。米雇用情勢の回復を予測する楽観的な声が目立ち始めた。

 とはいえ、米労働市場が依然として構造的問題を抱えている点を指摘する専門家も多い。景気回復が始まってから生まれた雇用の大半は、ファストフードの食品加工やレジ係、小売店の販売員といった低賃金労働だが、不況で消えた仕事の6割(390万人)は中間層の仕事だ。つまり、雇用の二極化に拍車がかかっているのである。

 ローレンス・カッツ・ハーバード大学経済学部教授(労働経済学)が、本コラムの前編に続き、米労働市場の構造的問題や中流層の生き残り戦術など、最新の雇用情勢について語る。


――米労働市場が抱える問題は需要の不足だけなのか。それとも、構造的なものなのか。

ローレンス・カッツ・ハーバード大学経済学部教授
 
カッツ教授 両方だ。需要が回復したとしても、構造的問題はなくならない。仮に金融危機や大不況が起こらず、労働市場が07年の水準のままだったとしても、失業という形ではなく、成長や平等というフィルターを通して、大きな問題が顕在化していたはずだ。こうした問題は、一朝一夕には解決しない。米国の教育システムやインフラ投資、研究開発、企業の競争力と多分に関係があるからだ。仮に失業率が5%台に戻ったとしても、繁栄は共有されない。

 米国は、3つの雇用上の問題を抱えている。まず1つ目は、短期的に見て、需要が大幅に不足していること。循環的失業問題だ。これが解消しないことには、ほかのどの問題も解決しない。
 2つ目が、長期的需要の不足から生じる問題だ。何百万人という長期失業者が労働人口から脱落しつつあり、若者が、仕事を始める機会をつかめずにいる。

 3つ目が、たとえこの2つが解決したとしても残る、長期的な構造上の問題。つまり労働市場の需要の二極化だ。非常に高収入の仕事と低賃金労働に需要が集中していることである。中間層の雇用が大きく抜け落ちている状態であり、どうやって新たな中流層の仕事を生み出すかが問題だ。
 たとえば、低賃金労働が多いサービス業の高齢者介護を例に取ろう。現在、多くの介護施設では、最低賃金程度のお粗末なケアがなされている。だが、介護員が大学レベルの教育を受け、高齢者介護に必要な医学・心理学的問題を理解すれば、プロとしての威厳と高質のケアを提供し、高給を得ることは可能なのか、といったことである。


――そうした仕事は、中流層の雇用激減の主要因でもあるオフショアアウトソーシング(外国への業務委託)の対象にはならない。

カッツ教授 アウトソーシングや新テクノロジーは、高収入の仕事への需要を押し上げ、中間管理職や事務職、製造業などの中流層の仕事に影響を与えるが、低賃金のサービス業における需要は健在で、今も成長が目覚ましい。年老いた母親の介護を外国に委託する人はいないだろうし、自宅のキッチンの改装も、しかり。

 そして、こうしたサービス業は、低賃金労働が多いとはいえ、スキルしだいでは、非常に熟練したやり方でもできるし、素人仕事も可能だ。要は、仕事の質である。

 失業率は、いずれは元に戻る。だが、大切なのは、その先だ。過去20~30年間にみられたように、ひと握りの人だけが大きな恩恵を被るような経済のままでいいのか。それとも、もっと多くの人が繁栄を分かち合えるようにするのか。それが問題である。

 だが、一にも二にも需要が戻らなければ話にならない。元来、米労働市場は非常にダイナミックであり、月に470万人が離職する一方で、500万人の新規雇用が生まれるのが普通だった。そうした状況下では、90年代後半にみられたように、職歴ゼロで生活保護を受けているシングルマザーなどにも、チャンスが回ってくる。だが、労働市場が硬化し、雇用も離職も20~25%落ち込んでいる現在では難しい。仕事を持っている人たちが、先行き不安から辞めないのだ。


――失業率の低下は、オバマ大統領の再選に有利にはたらくか。

カッツ教授 米経済に新たな外的ショックが生ぜず、このまま失業率が着実に下がれば、助けになるだろう。とはいえ、(11月の大統領選までに)1年半、まずまずの成長が続いていたとしたら、オバマ大統領が勝っただろうが、雇用情勢は回復を始めたばかりだ。おまけに、選挙では、経済が重要な役割を果たすとはいえ、ほかにも多くの要因が絡んでくる。

 大統領選はさておき、失業問題を何とかしなければならない。長期失業は、本人や家族に大きな傷あとを残す。米経済の長期的な成長のみならず、人道的見地からも、雇用情勢の真の改善が必要だ。


――中流層を取り巻く状況は厳しさを増している。生き残るには、どうすればいいのか。

カッツ教授 これまで米国人は、生涯に何度も転職を重ねるのが普通だった。長期雇用が隆盛だった50年代でも、そうだ。若者は、これという仕事を見つけるまで、7~8回、仕事を変えたものだ。しかし、今は、大学などに戻る人の割合が、歴史的な高率に達している。高校や大学を卒業していないと、はるかに厳しい状況に追い込まれるだろう。

 強い向学心を持ち、新しい知識を学んでいくことが、非常に重要だ。たとえ同じ仕事を続けるにせよ、テクノロジーの進化により、生涯、同じことをし続けるわけにはいかないからである。

 学ぶ際には、売り物になるスキルを身につけることも大切だ。しかし、特定のスキルに絞りすぎるのも、正しい戦略とは言いがたい。10年後には使い物にならなくなってしまう恐れがあるからだ。

 とはいえ、誰にとっても、学ぶ意欲と学び続けることは必須である。そして、生涯、同じ会社にしがみつくのではなく、新たな機会を探してキャリアを築いていくことが不可欠だ。

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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト



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