2012年3月26日月曜日

■早割ってもうかるの? 空き減らし 利益最大に


早割ってもうかるの? 空き減らし 利益最大に
2012/3/24 日経Web

 「旅行に出かけた友人の飛行機代やホテル代、通常の半額以下だったらしいんです。早割で買ったらしいんですが……」。大学の後輩からの調査依頼に探偵の深津明日香が声を上げた。「それだけ値引きして、会社はもうかるのかしら」
日本航空は55日前までに予約すれば、最大で83%割り引く早割を新たに追加した(東京都千代田区の国内線発券カウンター)

 「まず航空会社に聞いてみよう」。全日本空輸に向かうと、大塚大さん(39)が応対してくれた。同社の早割運賃を購入するには相当前から予約を入れ、支払いも済ませる必要がある。キャンセル料は高く、座席数に限りがあり時期や出発時間帯でその数は変わる。その分安く人気は高い。


■最大83%引き

 「競争が一段と厳しくなっているため、3月25日搭乗分から新しい早割を加えました」と大塚さん。55日前までに予約すれば、最大で83%割り引く。

 日本航空も55日前までに予約すると格安で飛行機に乗れる早割を追加した。「格安航空会社(LCC)の運賃なども研究しながら料金を決めました。今のところ手応えは上々です」。岩田康弘さん(39)は自信満々な表情で話す。

 次に明日香はホテルの予約サイトを運営する一休へ。同社の昨年5月の場合、30日前までに予約する早割プランを使う人は、1週間切って予約する人に比べ約5000円安く済んだという。「予約した人の1割弱がこのプランを利用しました」と渡辺舞さん(38)。調べてみると自動車教習所などでも早割があった。

 「私たちはお得でうれしいけれど、企業や運営者はもうけ損なっているはずよね。どうして広がるのかしら」。喫茶店で思案していると「それは『イールドマネジメント』という考え方が浸透し始めたからです」の声。欧米の企業経営に詳しい三菱UFJリサーチ&コンサルティングの永野和雄さん(49)だった。

 イールドは英語で利回りの意味だが、経営学では1単位当たりの供給能力、例えば飛行機では1席が生み出す収益を指す。この収益を最も増やす手法が「イールドマネジメント」。「レベニュー(収入)マネジメント」とも呼ばれる。

飛行機やホテルは機械設備など固定費の占める割合が高く、コストを抑える余地は限られている。だから利用者をどれだけ集められるかが、利益に直結する。でも、最初から料金を下げすぎると、もうけが減る。

 「そこで、正規料金やそれに近い料金を払ってくれる顧客向けに一定の座席や部屋を確保したうえで、残りは需要を見極めながら料金を調整し、切り売りするのです」と永野さん。空きを抑え、もうけ損なわないように価格を何段階にも分け、提供する数も増減させる。1970年代後半から米国で広がったという。

 明日香は日本航空の岩田さんの言葉を思い出した。「出発直前は仕事などの都合でその便に搭乗しなければならないお客様が多くなるので、料金は正規運賃に近づけます」


■需要を予測

 「早割の効果は他にもあるんです」。サービス産業に詳しい野村総合研究所の冨田勝己さん(36)が話に加わってきた。「変化の激しい時代ですので、早割から将来を予測できることが今まで以上に企業にとって重要になっています」

 「将来予測?」。冨田さんの紹介で明日香は大丸松坂屋百貨店の田中直毅さん(47)を訪ねた。「お中元やお歳暮の早割の手応えをみて、どの程度仕入れるのか判断材料のひとつにします」。割引のある前売り券も同じ効果があった。テーマパーク、サンリオピューロランド(東京都多摩市)の三内康弘さん(37)は「発券状況を見ながら施設内の人員配置を見直します」と説明してくれた。

 「より確実に需要を予測する手法としても、早割が注目されているようです」。報告を聞いた所長は不満げ。「反対に直前ほど割り引くケースもあるそうだぞ。どういうことだ?」

 困った明日香は企業戦略に詳しい三菱総合研究所の高橋衛さん(53)に問い合わせた。「増える間際族に対応するためです」と高橋さん。「間際族って何ですか?」。明日香が質問すると、複数のインターネットサイトの料金をぎりぎりまで見比べて、間際まで安い料金を探したり、一度予約してもより安い料金が出たらそちらに乗り換えたりする人たちの総称だと教えてくれた。


■価格に敏感

 実態を探るため、ロイヤルパークホテルズアンドリゾーツに足を運んだ。主要なホテルには部屋の価格をどうするのか決める「レベニューマネジャー」という専門家が必ずいる。同社でホテルチェーン全体の価格戦略の重責を担うのが三島哲也さん(47)だ。

 三島さんは「東日本大震災以降、消費者がより価格に敏感になったためでしょう」と切り出した。価格に敏感な人、間際までより割安な料金プランを探す人が増えた結果、料金と販売室数の設定が日ごとに難しくなっていると打ち明ける。

 特にホテルの場合、宿泊前に決済する仕組みが浸透していないため、直前の解約は簡単だ。新規ホテルが建設され、部屋数も増え続けている。三井ガーデンホテル上野(東京都台東区)のレベニューマネジャー、豊田友広さん(34)のように「直前割は避けたい」と考えても、間際まで部屋が埋まりにくくなっている。

 そこで、事前に決済する場合には早割の割引率を拡大するといった工夫も出てきた。「これからも早割は充実しそうね」。事務所に戻った明日香の報告に「家電のように価格を書かないオープン価格に切り替えなければ、様々な割引が併存しそうだな」。所長もようやく納得した。



 「ところで来週末の社員旅行、まだ予約していないんだ。俺も間際族だからな」。所長の言葉に明日香は「単に忘れていただけの忘却族では」との言葉をのみ込んだ。


<保険料にも制度 事務処理を効率化、コスト減>

 保険料、NHK受信料といった私たちが納めなければいけないお金にも早割制度がある。事前に一度に支払えば割引が受けられる「前払い一括納入制度」だ。

 中でも、最近特に注目されているのが、割引率の大きい国民年金保険料の口座振替制度。口座振替で1年分の保険料を前納すると、4月以降、割引額は3770円、率にして2.1%分の納入金額が割り引かれる。2010年度は6.3%がこの割引の適用を受けた。

 しかも、厚生労働省は前払い期間を2年間に延ばした新たな制度を来年度以降導入することも検討している。11年度の保険料で計算すると、割引額は2年分で1万4340円、ほぼ1カ月分がタダになる計算だ。

 「事務処理が効率化できコストを削減するのが目的。国民年金の未納者対策ではない」と同省は説明する。だが、計画的に物事を考える人でも、思いがけずに入ったお金をパッと使ってしまうことが往々にしてある。割引というインセンティブを与えて、不払いの可能性を減らせるのであれば、イールドマネジメントとは別の「早割制度を生かした巧みな料金戦略」といえそうだ。


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