2012年6月25日月曜日

■70年代生まれ作家、「格差」に実感


70年代生まれ作家、「格差」に実感
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2012年6月24日  読売新聞

働く過酷を語る世代

 非正規雇用、転職や失業、ゆがむ職場環境……。社会の第一線で働く世代に当たる1970年代生まれの作家たちが最近、厳しい生活感と小さな希望をにじませた小説を多く発表している。「格差社会」を肌身に感じる世代から生まれてきた文学の潮流の一つだ。

 <過酷だなあ、生きるとは。辛いなあ、生活するというのは>

 2度の芥川賞候補の経験がある広小路尚祈氏は5月、『金貸しから物書きまで』(中央公論新社)を出版した。転職を重ねた末、消費者金融で働く33歳の男は、貸し付けと回収の厳しいノルマを達成するために電話セールスをかけ、悩みながら必要以上の金額を客に貸す。

 職場は少なく、見つけた仕事はやりがいが全くない。現役労働世代の苦しい環境を、象徴するような作品だ。

 「消費者金融で働いたことなど多くは事実。いつ首になるか、つぶれるか。安心して働ける職場は一つもなかった」と話す。1991年に高校を卒業し、景気は良く就職先のホテルを3か月でやめた。だが経済は次第に低迷し、清掃作業員、タクシー運転手など10以上の職を経て作家になった。「苦しいなりに社会や国家をあてにせず、どう面白がって生きるか書きたい」

 総務省の労働力調査(詳細集計)によると、2012年1~3月平均で、70年代生まれとほぼ重なる35~44歳の非正規労働者は373万人に達する。この世代で働く人の中での割合は27・8%を占め、バブル期だった1988年2月の同調査(特別調査)の19・3%から8・5ポイントも上昇している。

 仕事を掛け持ちする30歳前の女性契約社員を描いた「ポトスライムの舟」で津村記久子氏は、09年に芥川賞を受賞。その後も、「未来が見えない」と女性に振られた契約社員を描く作品『マイルド生活スーパーライト』(河出書房新社)の丹下健太氏、墨谷渉、木村友祐の両氏など、70年代生まれの作家による生活や労働の厳しさを映す作品は別表の通り目立つ。

 津村氏も着実に作品の発表を続ける。2月に出た『とにかくうちに帰ります』(新潮社)収録の「職場の作法」は、困った顔を上手に使い仕事量を減らす女性事務員など、きしむ職場の片隅の人間を点描した。そこはかとないユーモアが漂う。

 津村氏は、「些細なことと思われるかもしれませんが、私は職場でコーヒーを飲む人は10円支払う決まりとか、日々のやりくりとか、地味なことに自然と興味を持ってしまう」と語る。

 文芸評論家の池田雄一氏は「一週間の何日か働き、残りは休むサイクルを定年まで繰り返す正規社員には、疑似家族的な人間関係や昇進など『定型的な物語』がある。だが例えば、非正規雇用者は、その環境から排除された状態にある。自分の存在が液状化する一方で、新たな物語が生まれる余地が出てくる」と話す。

 寄る辺ない社会は、新たな創作を生む磁場でもある。



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