2011年12月13日火曜日

■バックパッカー街に大変身~大阪「あいりん」


バックパッカー街に大変身~大阪「あいりん」
日雇い労働者の町、生まれ変わる
http://www.jiji.com/jc/v4?id=airin0001&rel=y&g=phl

 日本最大級の「日雇い労働者の町」として名をはせた大阪市西成区のあいりん地区(釜ヶ崎)が、国際的な「バックパッカーの街」に変貌(へんぼう)を遂げている。

 ホテルや学生ボランティア、地元住民らがしっかりとスクラムを組み、あいりんの発展を支えてきた。関西へ向かう外国人や日本人の若者旅行者の間で、「アイリン(Airin)を目指せ」が合言葉になる日が近いかもしれない。

 数年前までホームレスとなった人たちがびっしりと並んで寝泊りしていた駅沿いの大通りを、大きなリュックサックを背負った外国人旅行客たちが地図を片手に歩いている。向かう先は、かつて日雇い労働者が対象だった簡易宿泊所(簡宿)だ。

 ホテル業界が不景気の打撃を受けて苦戦する中、同地区のホテルは年間を通じて稼働率80パーセントを維持する宿泊施設があるほど善戦。人気の秘訣(ひけつ)は、安さ(一泊1000円~3500円)と交通の便だけではない。都心部のホテルに劣らない清潔感と旅行者が欲しいアメニティーを提供していることも大きい。

 もちろん、賭博、麻薬、売春などの犯罪がひしめく地域として知られた半径300メートルほどの同地区には、安全とは呼べない場所も残る。その一方で、大阪の観光名所・通天閣がある下町「新世界」に近いJR西日本の新今宮駅南側一帯は、低予算の旅行者、とりわけ外国人旅行者にとって便利な宿泊施設として再生を果たした。

 転機の一つが訪れたのは、2005年春だった。賃労働が減り不満がうっ積する地域の息を吹き返そうと、簡宿を営む新世代の経営者たちが外国人向けのホテル経営を戦略とする「大阪国際ゲストハウス地域創出委員会(OIG)」を立ち上げたのだ。


外国人旅行者向けホテルが立ち並ぶ

 バックパッカーなど比較的質素な旅を送る旅行者のニーズに合ったサービスを展開し、OIGに加盟するホテル18軒の外国人旅行者の宿泊数は昨年、7万泊に達した。OIG設立前の2004年から約7倍も伸びている。

 昨年の宮城県の外国人宿泊数が8万6000泊、広島県が12万泊という数字を比べるとその数の大きさは一目瞭然。今年は新しくオープンしたホテルが集客に拍車を掛け、8万泊超えは確実と予想されている。


簡宿が見つけたビジネスチャンス
ホテル中央オアシスの英語が堪能なスタッフら

 あいりんの日雇い労働者向け簡宿はどのようにビジネスチャンスを生み出したのだろうか。
 あいりんには、バブル経済期の1980年代後半から1990年代前半、主に建築関係の仕事を求めた労働者が全国から大勢集まった。3畳一間、共同風呂・トイレという男性専用の安宿が1992年には200軒以上あった。しかし、現在でも経営を続けているのは70軒余りである。

 同地区の日雇い労働者数は1986年に2万6000人超のピークを迎えたが、バブル崩壊のあおりを受けて91年以降に激減。現在の有効求職者数は2000人程度だ。

 求職の減少に伴い、生活保護世帯数は急増。2002年の2500世帯から、09年には同地区の人口の約3分の1を占める9500世帯に膨れ上がった。

 大阪市では簡宿住まいは生活保護の需給対象から外れるため、過去10年間、簡宿の多くは行き場を失った労働者が生活保護を受けられるように福祉アパートへと転換した。現在、福祉アパート関連の住宅は100軒以上ある。


治安があまり改善されていない地域も残る

 だが福祉アパートが集中する町は一向に貧しさから抜け出せず、新風が吹き込むのを待っていた。福祉アパートの増加と共に、02年ごろからは民間非営利団体(NPO)や民間企業が野宿生活者の支援事業に乗り出した。ホームレスが少なくなり、治安は徐々に改善されていった。旅行者を呼び込む環境が整いつつあると感じた若い経営者たちは、外国人向けホテルの経営に本腰を入れて乗り出した。

 05年3月のOIG設立後、地域関係者や地元大学などの協力もあり、外国人旅行者は年々増加。徒歩5分ほどの範囲に地下鉄やJR西日本などの駅が5つあるOIGのホテルは、日本人旅行者はもちろんのこと、就職活動中の大学生や出張の会社員らにも広く利用されている。
 あいりんは東京・山谷、横浜・寿町とともに日本を代表する労働者の町だ。山谷の宿でも近年、バックパッカーらの間で人気が高い。

 ただ、貧困地域と観光との関係などを研究している阪南大国際観光学部の松村嘉久教授によると、地域が団結して外国人向けホテルでの町づくりに取り組んでいるのはあいりんだけだという。


バックパッカー経験を活かして
スペイン人のギジェルモさん。ホテルロビーのパソコンで観光スポットを探す

 OIGの設立者の一人で、あいりん地区で6軒のホテルを経営するホテル中央グループの山田英範社長(33)は、外国人向けホテル経営の成功に自信を持っていた。「宿泊料を2000円程度に設定すれば、外国人旅行者が増えると思った」。

 バックパッカーだった20代前半、海外の旅先で出会う人から「日本に行ってみたいけど滞在費が高い」と何度となく言われ、ひらめきを得ていた。

 しかし、宿泊料の安さだけでは、集客力は不十分だ。古い簡宿を外国人向けのホテルに再生するために、畳部屋をフローリングに替え、各ホテルにシャワー室を設け、パソコンが使えるラウンジをつくった。

 今年3月に新装オープンしたホテル中央セレーネには、バス・トイレ、ソファが全室に備えられた。クイーンサイズのベッドがあるツインルームは、タイの家族連れに人気が高いという。英語、韓国語、中国語、タイ語が話せるスタッフらが、ホテル周辺にある英語のメニュー付きのレストラン、穴場の観光スポットや交通手段を教え、接客力を高めている。

 11月初旬に同ホテルを利用したスペイン人のバックパッカー、ギジェルモ・ロドリゲスさん(29)は、「僕は潔癖症なのできれいなホテルを探した」と満足げ。夏以降、円高が進行していることもあり、「安いホテルはありがたい」と話す。

 昨年5月に新築オープンしたホテル中央オアシスは、世界各国の安宿が予約できるインターネット・サイト「ホステルワールド」で高い評価を得ている。低予算の旅行者のためにタオルやバスローブを無料で提供、宿泊者は洗濯機やキッチンも使用できる。


ホテル中央セレーネのツインルーム。

 「今年の夏に泊まったイギリスのラグビーチームの方たちは広いベッドに満足しているようだった」と話すのは受付係の安田尚吾さん。同ホテルの月平均の外国人客数は昨年から2倍に伸びた。

 ホテル中央グループの外国人旅行者宿泊数は昨年4万4000泊に達し、OIG設立前にあたる04年の9200泊から飛躍的に向上。今年は5万泊以上を予想している。


昔ながらの簡宿のままで
ビジネスホテル東洋の受付には手作りのポスターが
 
 OIGは加盟ホテルを増やし、外国人旅行者のさらなる獲得を目指している。しかし、簡宿経営者の腰は重い、と阪南大の松村教授は話す。

 これまで労働者を対象に商売をしてきた簡宿経営者。外国人旅行者をターゲットに方針を変えるのは大掛かりな改築が必要と思い込み、敬遠しがちだという。しかし実際に外国人客をもてなすのは「全然大変ではない」と松村教授は力説する。簡宿を少し変えるだけで効果は大きい。


 その成功例がビジネスホテル東洋だ。

 古い簡宿をそのまま使用している同ホテルは、受付に各国の国旗を描いた手作りのポスターを飾ったり、ホテルの使用について書いた英語のチラシを壁に張ったりして、アットホームな雰囲気をつくっている。

 外国人にアピールするために、シャワールームを取り付け、受付に近い一室にパソコンを設置して「ラウンジ」に模様替えした。一方で、3畳の部屋は畳敷きのままで、昔ながらの簡宿の雰囲気も随所に残っている。

 少しの模様替えと安い宿泊料(一泊1500円~1700円)が功を奏し、同ホテルは08年にフランスの旅行ガイドで紹介され、同国からの旅行客が増えたという。
 取締役の浅田裕広さん(33)は「これ以上値下げはできないけど、外国人のお客さんのことを考えた接客を徹底している」と話す。


3畳一間。エアコン付きで一泊1700円

 松村教授は、あいりんは地域の将来を救うために、外国人が食事やショッピングを楽しめる地域に生まれ変わる必要があると考えている。あいりんに隣接する下町・新世界が昭和ブームに沸く中、「この波に乗っかってさらに外国人旅行者を増やしたい」と熱意を語る。

 あいりんの飲食店なども外国人増加に順応し始めている。ホテルが立ち並ぶ通りで居酒屋を営む主人は英語のメニューを提供。「外国人のお客さんを大切にしなきゃ続けていけない」と現状を語った。


学生が道案内、街歩きツアー
あいりんに隣接する下町・新世界を歩く女性外国人2人組

 増加する外国人旅行者のニーズを満たすため、松村教授の研究室の学生らは09年7月、産学連携の「新今宮観光インフォメーションセンター(TIC)」をホテル中央の一角に設立した。英語と中国語の観光マップを配布する。目的地までの道順を聞かれることが最も多く、電車の乗り方などを教えている。

 また、ATMの使い方や宅配便の送り方など日本語が必要なときに手伝いをしている。
 年に数回、外国人旅行者が地元の文化や生活を体験する「町歩きツアー」を実施。神社での結婚式を見学したり、夏祭りや下町を見て歩いたり。ガイドブックに載っていない大阪を紹介し、特別な旅を演出したいと考えている。

 その草の根的な活動は今年8月、大阪市や大阪商工会議所の観光促進事業として選ばれ、助成金を受けることになった。今後、英語のパンフレットやウェブサイトを立ち上げる予定だ。

 TICの活動は、男性高齢者が大半を占めるあいりんの住民にも受け入れられている。

 ボランティアの一人、阪南大3年生の仲田美穂さんは「私たちの活動を知ったおっちゃんたちが時々、道端で見かけた外国人をセンターに連れてきてくれる」と目を細める。

 同地区のマイナスなイメージは徐々に払しょくされている。あいりんでボランティア活動をすると両親に話したときは心配され、不安がよぎったが、「今ではもうほかの地域とあまり変わらないと思う」と仲田さんは話す。

 TICに運営場所を提供している山田さんは、英語の標識がないあいりんには観光案内所が必要だと強調。行政は団体旅行客誘致に力を入れているが、個人旅行者の増加にも着目し、英語の標識を設置するなど個人旅行者が旅をしやすいように交通整備することも考えるべきだと指摘した。



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