2012年4月17日火曜日

■花見で露呈する“日本人喪失”の現状


花見で露呈する“日本人喪失”の現状
 http://diamond.jp/articles/-/17166
2012年4月16日  加藤嘉一 [国際コラムニスト、北京大学研究員]


 文明を逆行する日本人

 4月といえば花見シーズン。読者の皆さんも、花見を満喫されたことと察する。海外に住む私には無縁な話。うらやましい限りだ。

 花見を楽しむべく、この時期に日本を訪れる外国人観光客も多い。特に中国人は桜が大好きなようで、私の周りにも「日本に行ってきましたよ」という知人が何人かいた。

 先日、日本から帰国したばかりの友人と上海で会った。彼女は私に日本での花見の感想をフィードバックしてくれた。

 「なんだか異様な雰囲気でした。飲み干したお酒の空き缶を遠くへ放り投げたり、急に喧嘩を始めたり、管理人さんと言い合いを始めたり、酔った挙句道端に寝転んだり、大声で怒鳴ったりという男性が少なくありませんでした」

 目の前に座る彼女は、腑に落ちないといった表情を浮かべながら続ける。

 「すべての日本人があのような行動をとるわけではないし、依然として秩序が保たれた公共の空間はたくさんあります。ただ、東京で花見の現場を見たときには、正直、中国の地方都市にでも来たのかと錯覚に陥りました」

 考えさせられるコメントだ。

 日本にいる知人に実際の様子を聞いてみると、「花見と秩序・マナー」について話題になっているという。「節度を守ろう」、「ゴミは持ち帰ろう」、「花見をする公園のルールを守ろう」、などと呼びかけられてはいるようだが、なかなか守られていないのが現状のようだ。

 「公園で警備員による持ち物検査、騒ぐ客への注意、見回り強化など、公園管理者による締め付けが強化されているようですよ」と知り合いのメディア編集者も教えてくれた。

 締め付けの強化? 日本は文明を逆行しているのか? なんだか中国での状況を聞いているようだ。

 国民の自立心、自律性、公共意識が低い社会において「締め付け」は一つの手段として用いられる。中国は都市・農村問わず、まだまだ締め付け社会だ。


ジパング発展の原動力を忘れたのか?

 日本の花見に話を戻すと、「締め付け強化」に対して、なかには「客を疑うのか」と逆上したり、職員が注意すると、「周りもやっているじゃないか」と反対に怒鳴られることもあったり、マナーを守らない横柄な客で溢れていると言うではないか。

 私の頭の中は混乱している。

 仕事柄、日常的に世界各国を渡り歩いている。日本人として、どこの国・地域を訪れても「日本人に生まれてよかった」と誇らしく思えるのは、現地の人たちが「日本の方はマナーが良くて、とっても文明的です。私たちも安心して付き合えます」と称えてくれる瞬間だ。

 私たちはこの事実をきちんと自覚すべきだと思う。日本人は親切で、社会的ルールを守り、それゆえに秩序が保たれた治安の良い国、と評価されてきたのである。少なくともこれまでは。

 それが、最近では、「身勝手で他人を慮るということがなくなってきている」と国内外で指摘され始めているのだ。

 花見に限ったことではない。

 数年前から言われている「駅員への暴力」もそうだ。日本経済新聞(2011年11月30日、夕刊、9ページ)は、関連記事「駅・空港・病院で激高、キレる中高年男性目立つ――軽視され自信喪失」の冒頭で「駅や空港、病院などの公共の場で、ささいなことでキレて駅員や職員らに手を出したり、言い寄ったりする中高年男性が目立つ」と指摘している。

 言われてみれば、一時帰国の際に、駅に「暴力はやめましょう」というようなポスターを見かける。昔は、そのようなことは他人に指摘されることではなかったはずである。それは、当たり前のことだからだ。

 当たり前のことを、当たり前にこなす――。資源の乏しい東洋のジパングがアジアで急速に近代化を遂げ、最初に先進国の仲間入りをした原動力は、ここにあったのではなかったのか。


日本人よ、お前は、どうなんだ?

 私は日頃、中国を拠点に執筆活動をしている。中国の読者は「日本人からいろいろ言われること」にとても敏感で、往々にして嫌悪感を抱く。何か問題点を指摘したりすれば、即、「以前俺たちを侵略してきた国の人間に、なんで説教されなきゃいけないんだ!!」とキレられてしまう。

 それでも逆ギレはできない。私にとって中国はアウェーであり、感情的になってしまっては相手の思うつぼ。冷静に、ロジックとインパクトを持って闘い続けるしかない。

 私は言論活動のなかで、中国人の公共の場における素行問題をよく取り上げる。時間厳守、公共の場での振る舞いなど、北京五輪や上海万博など国家的行事を通じて、都市部では改善されているが、地方や内陸部ではまだまだである。飲酒運転などは日常茶飯事だ。

 問題点を指摘する立場にある人間だからこそ、私は中国人との付き合いにおいて、決して、時間の厳守やマナーの遵守などを怠ることがあってはならないと肝に銘じている。一分の隙も見せられない。読者から、「お前は、どうなんだ?」と言われてしまえば元も子もないからだ。

 2010年に開催された上海万博の際、日本では「中国人は列に並ぶ練習をしている」と、中国人のマナーの悪さや非常識ぶりを嘲笑する報道が散見された。しかし、日本人はそんなことを言っていられない状況にある。もはや他人事ではないのだ。

 はっきり言おう。「中国人の消費マナーが悪い」、「外国人が増えると生活の秩序が乱れる」などと身構え、一方的に批判するだけの時代はとうに過ぎ去った。いまこそ日本人は、「自分のマナーはどうなんだ」と自問自答し、即座に行動へと移すべきである。

 問題に向き合おうとしないのは自信がないからだ。

 行動に移そうとしないのは気合が足りないからだ。

 「べき論」を途方もなく繰り返している場合ではない。「日本人としての尊厳が急速に失われてしまう」という危機感を持って、いますぐ行動に移すのだ。他人を心配している余裕はもうない。

 他国の人間のマナーを言う前に、お前は、どうなんだ?

 だったら、お前がやれ!!



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