<日本人が見た中国>僕がステレオタイプの“鬼子”日本人役とおさらばした理由
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2013年3月12日 7時20分
「しばらく、鬼子(グイズ)の仕事は断ろう―」。中国で役者として活動する日本人の僕がそう決断したのは、2005年の抗日ドラマ「大刀」の撮影を終えた直後のことだ。“鬼子”というのは、日本人に対する蔑称である。“鬼畜”とでも訳したらよいだろうか。
「しばらく、鬼子(グイズ)の仕事は断ろう―」。
中国で役者として活動する日本人の僕がそう決断したのは、2005年の抗日ドラマ「大刀」の撮影を終えた直後のことだ。“鬼子”というのは、日本人に対する蔑称である。“鬼畜”とでも訳したらよいだろうか。
2002~2005年にかけて、計6作品。僕は立て続けに鬼子を演じてきた。人々を威嚇するような演技も、撮影現場に必ず用意されている軍服も、3年間たくわえ続けた口髭も、鬼子にまつわるすべてが疎ましく感じられ、軍服を見るだけで吐き気を覚えるほど、こうした役柄に抵抗感を抱くようになっていた。
思い悩んでいたある日、急に「大刀」の監督から食事に誘われた。年齢は僕より少しばかり上くらいだろうか、中国の撮影スタッフには珍しくお酒を飲まない、マイペースでのんびりとした人物である。その彼が、話を切り出した。
「君と仕事をするのは楽しいし、頼んでよかったと思っている。でも、君が今、何を感じているのか…なんとなく僕にはわかるんだ」
僕は動揺しながらも、監督の言葉の続きを待つ。
「僕たちは、文化も考え方も違う環境で育った。冷たいようだけど、一緒に楽しく仕事をしていても、所詮は別の民族であることは間違いない。たとえば、あってはならないことだけど、中国と日本で戦争が起これば、敵同士になる。生まれ育った国が違うということは、そういうことなんだ」
当時の僕にとってあまりにも非現実的に思える話で、彼の真剣なまなざしに逆にゾッとしたのを覚えている。続けて、監督が言った。
「でも、だからこそ、君が中国で暮らしていく上で、無理をしたり妥協したりすることが決してあってはいけない。文化や思想を理解することは大切なことだけど、受け入れることは、必ずしも必要ではないのだから」
「鬼子を演じるのは、もうやめなさい」
監督の思いがけない一言に、ハッとした。
「君は十分に頑張った。この撮影が終わったら、自分が興味を持てる役だけをやっていきなさい。役者として成長するためにも、そうした方がいい」。当時、鬼子役しか仕事のなかった僕は「やめるわけにはいかない」とかぶりをふったが、「そんなはずはない。これだけ知名度が上がれば、抗日ドラマ以外の仕事も必ず来る。これからは、仕事を選びなさい。今まで辛い役ばかりを演じさせて、すまなかったね」と、監督は続けた。思わず、涙がこぼれた。それまで、鬼子役者としての心の葛藤を誰にも話したことはなかった。しかし、目の前にいるこの監督はまるで昔から僕を見てきたかのように語りかけている。「鬼子なんて、やめてしまえばいい」。誰かがそう言ってくれるのを、僕は心のどこかで待っていたのかもしれない。
こうして、僕は“鬼子役者”としての活動にいったん終止符を打つことになった。抗日ドラマのステレオタイプの役はお断りし、今まで演じたことのないような役との出会いを待つことにした。それから半年間、仕事は一切なくなったが、2006年の暮れからバラエティー番組へも進出するようになった。それが役者としてのイメージチェンジにも繋がり、その後はさまざまな役にめぐり逢うことになった。コメディー物、中国に生まれ育った日本人役、反戦同盟のスパイ、日系企業の総裁、地下党のスパイなどいろいろだ。
しかし、一つ腑におちないことがある。日本人役はなぜだか結末は悲劇で終える、つまり最後には死ぬということだ。ステレオタイプの残虐な軍人が最後に無残に殺されるというのは理解できるが、そうでなくても、結末は死ぬことになるケースが多い。いずれにせよ、役を通して、そして等身大の自分を通して“日本人”を伝えていければと思っている。
●矢野浩二(やの・こうじ)
バーテンダー、俳優の運転手兼付き人を経てTVドラマのエキストラに。2000年、中国ドラマ「永遠の恋人(原題:永恒恋人)」に出演し、翌年に渡中。中国現地のドラマや映画に多数出演するほか、トップ人気のバラエティー番組「天天向上」レギュラーを務める。現在、中国で最も有名な日本人俳優。2011年、中国共産党機関紙・人民日報傘下の「環球時報」主催「2010 Awards of the year」で最優秀外国人俳優賞を日本人として初受賞。中国での活動10年となる同年10月、自叙伝「大陸俳優 中国に愛された男」(ヨシモトブックス)を出版。
■抗日ドラマで悪辣な日本兵演じた日本人俳優、「こんなことありえない」と監督に抗議も聞き入れられず―中国
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2013年3月9日 12時44分
2013年3月7日、南方週末によると、中国の抗日ドラマに日本兵役で出演し、「悪役スター」として中国で一躍有名になった4人の日本人俳優が、その複雑な胸の内を語った。
矢野浩二、三浦研一、渋谷天馬、塚越博隆の4人は中国の抗日ドラマに出演し、一躍「悪役スター」となった日本人俳優だ。矢野浩二は「日本鬼子(日本人、特に旧日本兵に対する蔑称)」を演じるために、大量の抗日ドラマや映画を見た結果、中国人が求めているのは凶暴で残酷な日本兵だということが分かったという。
渋谷天馬は何度も日本兵役のオーディションに参加したが、「痩せすぎで、怖くない。日本兵に見えない」との理由で不合格になることが多かった。あるドラマで雪中行軍の兵士を演じていたとき、馬から飛び降りて農村の娘を強姦する演技をしろと監督に言われたという。「監督、それはあり得ないでしょう?こんなに寒いのに誰もそんなことしませんよ」と文句を言ったが、「君は分かっていない。当時の日本兵はこんな風だったんだ」と監督は主張。仕方なく演技したが、とにかく寒くて凍えてしまったという。
三浦研一は何本かの抗日ドラマに出演して、「監督が欲しいのは本物の日本人ではなく、日本語のセリフが言える人だ」ということを痛感した。塚越博隆も「監督が求めているの凶暴な演技ができる役者」と話している。抗日ドラマで日本兵役を演じるのに疲れた矢野浩二は、2008年からバラエティー番組の司会者を開始。「鬼子」と呼ばれることは少なくなったが、どんなドラマであろうと、日本人の役は必ず最後に死んでしまうのが気になるという。
抗日ドラマのスタッフが「日本人が悪いことをしたのだからお前が代わりに謝れ」と言わんばかりの態度を日本人俳優にとることもある。2009年、塚越がある村で捕虜になっているシーンを撮影中、地面に横たわって気を失った演技をしていると、「この小日本鬼子め!」と叫びながら高齢の女性が突然襲いかかり、彼の首をしめた。監督は最初、エキストラの女性が演技していると思ったのだが、塚越の顔色がおかしいのに気づき、あわてて女性を引き離したという。
この4人の日本人俳優は皆「悪魔のような日本兵など二度と演じたくない」と思っている。三浦研一はある時、日本人留学生に「あんな日本兵の役を演じるのを少し控えてもらえませんか?日本人がみんなあんな風だと思われるので」と言われたことがあるという。
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