2011年10月12日水曜日

■「楽天トラベルvsじゃらんnet」、「ぐるなびvs食べログ」にみるネットPFサービスの追い上げ、逆転の戦略


「楽天トラベルvsじゃらんnet」、「ぐるなびvs食べログ」にみるネットPFサービスの追い上げ、逆転の戦略
【第33回】 2011年10月11日  早稲田大学ビジネススクール教授 根来龍之

ネットにおけるプラットフォームサービス

 自社製品・サービスだけではく、他プレイヤー(企業、消費者)が提供する製品・サービス・情報と一緒になって、初めて価値を持つ製品をプラットフォーム製品・サービス(以下、適宜「PF」と表記)という。仲介サービス、コミュニティサービス、ゲーム機、電子書籍などがその例である。

 前回は、なぜPFが一人勝ちになりやすいのかについて述べた。今回は、ネットPFサービスを対象に、この一人勝ちメカニズムに逆らって、後発ながら追い上げと逆転に成功した企業の戦略について詳しく見てみよう。


楽天トラベルvsじゃらんnet

 日本における最初の宿泊予約サイトは、日立造船コンピュータ株式会社(当時)が1996年1月に開設した「ホテルの窓口」(のちに楽天トラベルと統合)だとされる。
 その後、宿泊予約サイトは、ネット専業企業だけでなく、既存の旅行代理店やキャリア(航空や鉄道)事業者などの参入を経て、激しい競争市場となったが、先発した楽天トラベルがもっとも順調に利用者を増やしていった。

 株式会社リクルートが運営する「じゃらんnet」(当時「イサイズじゃらん」)がサービスを開始したのは2000年11月で、「ホテルの窓口」の開設から約5年後であった。じゃらんnetは、サイト開設直後の数年間は利用者が伸び悩んでいたが、2003年頃に利用者が急伸し、楽天トラベルとのシェア格差を解消し、以後、現在に至るまで両者の拮抗状態が続いている。


じゃらんnetの追い上げ戦略

 じゃらんnetがサービスを開始した2000年当時、リクルートの旅行事業の中心は、「じゃらん」という国内宿泊施設紹介雑誌であった。先行する楽天トラベルがビジネスホテルの在庫を多数抱えているのに対して、じゃらんnetは民宿やペンション等の既存のつきあいが活用できると考えてのネット参入であった。

 しかし、先行するサイトは「旅の窓口」以外にも、「Yahoo! トラベル」や「一休.com」に加え、既存大手旅行代理店が次々とネットに参入するなど多数存在しており、激しい競争市場となっていた。加えて、2000年は「じゃらん本誌」の売上が最大となった年でもあり、特に営業現場からのネット事業に対する期待度は低く、社内での厳しい風当たりを受けてのスタートであったという。

 しかし、やがて、「じゃらん本誌」の広告出稿が減っていき、2000年以降売上は減少傾向となった。一方、この頃、「Yahoo! BB」の活発な販売促進をきっかけに、インターネットの世帯普及率が急速に上昇することになった。この市場変化を背景に、リクルートは、会社全体の意思として、紙媒体からネット媒体へと主力商品をシフトさせていく必要性を感じ、じゃらんnetのてこ入れを開始する。

 まず、開設当初より実施していた検索サイトのリスティング広告(Google Adwordsなど)を大量に出稿した。また、テレビCMを強化した。この際に、じゃらんnetのことを「じゃらん」と呼び、じゃらん本誌を「北海道じゃらん」等と呼び、じゃらんブランドの中核にネットを位置づけることにした。このように、じゃらんnet中心のブランド政策を取ることで、新たに宿泊予約サイトを使い始める人々に対するブランド認知率を高め、新規獲得利用数で競合を上回る成果をあげていく。

 そうした折、先行する楽天トラベルは2005年5月、送客手数料値上げを含む、宿泊施設との契約内容の抜本改定を打ち出した。宿泊施設の多くはすでに楽天トラベルの送客力を必要としていたため、取引を解消するには至らなかったが、楽天トラベルへの反発を生むことになったといわれる。

 この時、じゃらんnetは、手数料を2ヵ月前の客室提供なら半額とするキャンペーンを展開して対抗した。このキャンペーンの影響もあり、この時期、登録宿泊施設数が1万800軒(2005年3月)から1万3500軒(2006年3月)に大幅に増加した。

 さらに、じゃらんnetは、宿泊施設向けのサービスも充実させていく。2007年3月、宿泊施設向け管理画面を刷新し、各施設が独自のアンケートをとれるようにしたほか、予約・宿泊状況が一目でわかる「予約分析レポート」も毎日提供する変更を行った。さらに宿泊プランの登録、変更などの操作方法も簡単にした(当然ながら、このような改善は楽天トラベルも行っており、楽天トラベルに見劣りしない機能の提供が目的だった)。

 以上のような施策の効果もあって、じゃらんnetは楽天トラベルとの契約施設数及び総取扱額ではいまだ及ばないとはいえ、総予約泊数に関しては2008年に2500万泊を突破し、逆転に成功した。


決め手になった「マルチホーミング」

 じゃらんnetの追い上げ戦略には多くの要因が働いているが、決め手になったのは、積極的な「マルチホーミング」戦略だったと考えられる。

 じゃらんnetは、先行する楽天トラベルが宿泊施設に対する手数料値上げなどの利益率向上施策をとるという状況も有利に働いて、後発でありながら登録宿泊施設数を増やすことができた。この背景には、宿泊施設側に楽天トラベル1社に頼ると交渉上不利になるので、他のネット予約サイトとの取引も行いたいという気持ちがあったことが影響している。ここで、重要なのは、多くの宿泊施設は、楽天トラベルとの取引を、じゃらんnetに切り替えたのではなく、両社との取引を進めたということである。

 マルチホーミング(複数の家=Homeを持つこと)とは、複数のプラットフォームを並行して使用することであり、この例では、宿泊施設が、複数の予約サイト(プラットフォームサービス)と取引することを言う。企業や人が、複数のプラットフォームサービスを並行して使うかどうかは、そのメリットとコストによる。

 利用するプラットフォームの数が増えれば、それだけユーザーの総コストは増える。例えば、宿泊施設が、複数の予約サイトと取引するためには、両社に提供する部屋数の割り振りと管理という手間が発生する。しかし、一方では、1社に依存しないことで、予約数を安定化させると同時に、予約サイトとの交渉力を強めることができる。

 ブロードバンド回線の利用普及に伴い、新たにネットを利用するようになったユーザーが増える(市場の成長)状況の中で、宿泊施設側のマルチホーミング欲求に上手に応えたことが、じゃらんnetの追い上げ戦略のキーになったと考えられる。


ぐるなびvs食べログ

 食べログは、価格比較サイト最大手の「価格.com」を運営する株式会社カカクコムが、2005年3月に開始したグルメ情報のクチコミサイトである。
 先行するグルメサイトは、当時、すでに開設から約9年が経過し、掲載飲食店数や利用者数で他社を圧倒していた「ぐるなび」に加えて、1999年9月に開設した「Yahoo!グルメ」や2000年9月に開設した「ウォーカープラス」など数多く存在していた。

 後発である食べログは、先発有力各社とは異なるビジネスモデルで参入をはたした。各飲食店の情報(当初はリスト的な簡易な情報)に、飲食店利用者のクチコミを加えることで、店舗開拓のための営業費用をほとんどかけずに、掲載飲食店の数を一気に先行サイトと同等以上にまで増やすという戦略をとったのである。

 加えて、そうして生成された情報は、消費者が体験した情報であるため、店舗発信型の情報に比べて客観性が高く、利用者の「飲食店に関する本音の情報を知りたい」というニーズに応答えることができると考えた。

 実は、クチコミ情報を利用したグルメサイトは、食べログ開始以前にも存在していた。しかし、食べログにとってのチャンスは、先行するグルメサイトは広告主である飲食店との兼ね合いから、クチコミ情報を削除したとして信頼性を低下させてしまっていたり、利用できる情報が少なかったり、地域が偏っていたりして、ユーザーが不満に感じる点が多かったことである。

 食べログでは、加盟店主義の「ぐるなび」に対して、ユーザーが店舗情報を自由に登録できるため、現在では掲載店舗数はぐるなびの9倍以上あるという。

 食べログの収入源については、サービス開始からしばらくの間、ほぼ全部をバナー広告が占めていたが、2009年4月に飲食店向けに掲載情報リッチ化のための一部有料サービスの提供を開始した。2008年4月より店舗情報の掲載や編集、アクセス解析などのサービスをトライアルとして無料で提供してきたが、サービスの申し込み店舗数が1万店を超えたことから、有料化に踏み切ったのである。

 一方、食べログで店舗を見つけても、メニューなど詳細な情報が掲載されておらず、またクーポンもないため、食べログで店舗を見つけた後、「ぐるなび」でクーポンを入手して予約するという流れがかなり存在していた。また、ユーザーからもメニューなど詳細な情報やクーポンを掲載してほしいというニーズがあったため、店舗側からの情報提供を認める方向に方針を転換したのである。

 こうして、食べログは、ベージヴュー数でぐるなびを上回るサイトとなった。ただし、収益性の向上は課題として残った。このため、2010年9月に食べログは、iPhoneアプリでの人気順検索など一部サービスを有料プレミア会員(350円/月)に限定する、利用会員制度の大改定を行った。この改定は、結果として、利用者をかなり減少させていると思われる。今後の対応が注目される。


ネットワーク効果の意識的促進がキー

 食べログは、飲食店情報に関して、実際にその飲食店を利用した人のレビューを大量に掲載し、飲食店からの発信情報でない本音情報を入手できる点で、ぐるなびとの差別化を図ることができた。この差別化は、ネットワーク効果の意識的な活用によって、もたされたものである。PFにおいては、サイド内ネットワーク効果とサイド間ネットワーク効果が働く。ここで「サイド」とは、同種のプレイヤーグループを意味する。

 サイド「内」ネットワーク効果は、他の人が使っているサイトは使い方がすぐわかるというような、同種のプレイヤーの間で働くネットワーク効果である。一方、サイド「間」ネットワーク効果は、プラットフォームに媒介されて異なる種類のプレイヤーグループの間で働くネットワーク効果である。

 食べログの追い上げ戦略で大きな意味をもったのは、サイド間ネットワーク効果である。クチコミ投稿の「質」と「数」の追求による、閲覧者の増加、そして、閲覧者の増加による、店舗側の会員増がそのメカニズムである。

 食べログは、まず良質な常連書き込み者の獲得に力を注いだ(看板プレイヤー獲得による、質のサイド間ネットワーク効果の駆動)。また、ユーザーから投稿された情報の質を担保するために、投稿文字数は200文字以上という制限を付け、中身のあるコメントのみを受け付けるようにした。

 投稿されたクチコミはすべて目視でチェックし、内容が具体的でないものや掲載にふさわしくないものは、ユーザーに修正を依頼するといったこともしてきた。また、メディアとしての中立性確保のために、店側からの書き込み削除依頼には基本的に応じない方針を貫く一方で、投稿者に対してより細かな評価理由の提示を求めることもしてきた。

 クチコミの質を評価する利用者が増えていくなかで、利用者の増加がさらに投稿者の増加をもたらし、投稿者の増加が利用者の増加をもたらす「数のサイド間ネットワーク効果」のプロセスを動かすことができた。また、閲覧者が複数のサイトを利用することが容易(マルチホーミングコストが低い)なため、「ぐるなび」と食べログの同時利用という形で、ぐるなびと性質の異なる食べログの利用者数を増やすことができた。

 常連ユーザーの獲得は以下のように行われたという。まず、クチコミサイトの常連書き込み者のサイト乗り換えを促した。具体的には、友人ルートで声をかけたり、めぼしいブログのコメント欄に書き込んだり、先行サイトのメッセージ機能を使っての勧誘まで行い、他社サイトにレストラン評価を書き込んでいるユーザーが、食べログに移るように促した。その結果、他のグルメサイトで活動していた著名なレビュアーたちが、徐々に食べログに活動拠点を移していった。

 また、クチコミ投稿者のサイト機能改善の意見を取り込みために、食べログ内にユーザーが機能改善要望を投稿できる掲示板を設置した。そして掲示板に書かれたユーザーの要望に対して、簡単なものは即日、遅くとも1週間で対応するようにした。具体的には、ユーザーの「マイページ」機能を強化して、ユーザーが投稿するほど「マイページ」のコンテンツが充実するようにした。

 十分な数の常連書き込みユーザーの獲得に成功し、コンテンツが充実してきた頃合いを見計らい、食べログは、今度は店を探したいユーザーのための機能強化に注力した。既存のグルメサイトに欠けていて、なおかつユーザーの要望が多い機能を優先的に開発した。

 具体的には、1レストランにつき30枚まで写真を掲載できる機能や、グーグルマップを利用し、地図から店を探せる機能などを設置した。さらに、投稿者のこれまでのレビュー本数、ユーザーの当該レビュー参照回数などのメタデータ(データに関する情報を要約したデータ。例:所蔵本の著者名や目次のデータ)によって、ユーザー評価を重みづけする複雑なロジックを導入することで、「食べログで3.8点以上の店なら絶対満足できる」というレベルまで、レビューの評価点の質を高めることに成功した。

 クチコミのサイド間ネットワークの意識的促しが、食べログが先行リーダー企業である「ぐるなび」との格差を縮小させる上で、キーになったと考えられるのである。


ネットPFサービスにおける
格差縮小メカニズム

 上記で見てきたように、ネットPFビジネスには、マルチホーミング(並行的に複数のサービスを利用すること)がしやすいという特徴がある。言い換えれば、ネットPFビジネスにおいては、必ずしもユーザーの利用サイトのスイッチをめざなくても、並行利用してもらうことでシェア拡大が可能なのである。

 ただし、チャレンジャーがリーダーの一人勝ち形成要因に関して、「対等化」をまず実現することが前提になる(必ずしもそこで優位になる必要はないがgood enogh=十分な機能となることが必要)。その上で、補完業者や利用者が敏感に反応するなんらかの機能で若干の差別化ができれば、追い上げや逆転の可能性が出てくる。この場合、利用者ではなく、補完業者に対する差別化でもかまわない。補完業者をリーダーより引きつけられれば、それは結果として利用者への差別化となるからである。

 じゃらんnetでは、宿泊施設向けの機能で対等化を実現したこと、食べログでは登録店舗数で、早い段階で先行サイトを上回ったことが大きな意味をもった。その上で、じゃらんnetでは手数料や広告によるブランド認知投資で先行サイトに優位になるようにしたこと、食べログでは質と量を持ったクチコミ機能で大きな格差を付けたことが、追い上げと逆転の大きな武器となった。



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