2012年2月15日水曜日

■米国の寒々しい景気回復


米国の寒々しい景気回復
2012.02.14(火)Financial Times
(2012年2月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

好景気が米国に戻ってきた。ダウ平均株価は景気後退入りする前の水準に近づいている。米国の失業者数は2カ月連続で月間20万人以上減少し、この傾向は持続する兆候を見せている。

 パンクサトーニーの気難しいグラウンドホッグ*1が何と言おうとも(冬はあと6週間続くと予言した)、大西洋の米国側には春が早く訪れた。欧州が雪に覆われているうちに、ワシントンではスイセンが早くに咲いた。

 実際、世間のムードがあまりに急変したため、米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長が先週、強い口調で発した警告は、概ね無視された。パンクサトーニーのベンはお祝いに加わるどころか、議会証言の時間の大半を割いて、(早計な財政引き締めによって)景気回復に早霜を投げつけないよう上院議員らに要請した。


米国経済の核心を突いたバーナンキFRB議長の見解

FRBのベン・バーナンキ議長は先の議会証言で景気回復の脆さについて警鐘を鳴らした〔AFPBB News〕

 また、バーナンキ議長の見るところ、祝う理由もあまりなかった。米国の8.3%という失業率は「労働市場の弱さを過小評価している」と議長は述べた。長期失業者は一段と増加している。

 評論家の中には、バーナンキ議長の言葉を、景気後退前の楽観的な発言で評判を落とした議長による戦術的な悲観論の表明として受け止める向きもある。

 だが、議長の見解は今の米国経済の核心を突いている。誰も米国が回復しないとは言っていない。ここで問うべき的確な質問は、どのような景気回復になるか、だ。

 今回の景気回復は、上げ潮がすべての船を持ち上げた1990年代のようになるのだろうか? それとも、景気回復期の起点と終点の雇用者総数が同じで、その間に平均所得が低下した前回の回復局面のようになるのだろうか?

 パンクサトーニーのベンの話を聞くべき理由が3つある。まず、米国の労働市場を動かしている構造的な力は以前と変わらず強い。ほかの先進諸国と比較した米国の教育の成果は、20世紀の大半を通じて他国を優に上回っていたが、今では平均を下回る状況が続いている。

*1=2月2日のグラウンドホッグデーのお祭りでは、冬眠から覚めたグラウンドホッグが春の訪れを予言する。特に有名なのがペンシルベニア州パンクサトーニーの祭典で、「パンクサトーニーのフィル」の予言は毎年報道される

 ラリー・カッツ、クローディア・ゴールディン両氏の言葉を借りるなら、米国の人的資本の「例外主義」は、すぐには戻ってこない。大半の先進国と比べ、米国は大学を卒業する人が少なく、高校中退者が多い。

 成果を挙げているバラク・オバマ大統領の輸出促進策(もっとも、輸出より輸入の方が伸びが高い)と米国企業の継続的なグローバル化を通じ、米国の経済成長のより多くが海外からもたらされるようになる。この事実は、米国の労働者が従来に増して、世界中の労働者と激しく競い合うことを意味している。

 昨年、米国経済は1.7%成長した。平均賃金は2.7%低下した。この分岐は今後も続くと思った方がいい。

 次に、オバマ大統領は米国中産階級の「恒久的な景気後退」に対処するために選出された面があるにもかかわらず、経済全体に広がる大きな景気後退と必死に戦うことになった。

 オバマ大統領は自身が手がけた2010年の医療制度改革が安心感の向上につながることを期待している。もっとも、これは来月、米国の最高裁判所が医療制度改革法に対する憲法違反の訴えを審理する際に、同法の中核原理を違憲と判断しないと仮定しての話だが。


外国への依存度が高まる米国企業の利益、犠牲になるのは従業員の所得

 しかし、医療制度改革は、今回は状況が違うという期待の土台にするには、あまり頼りにならない。

 ホワイトハウスの経済顧問を務めたジャレッド・バーンスタイン氏が指摘するように、米国の利益全体のうち、海外で稼ぐ利益の割合は高まり続ける。しかも、それは従業員の所得の伸びを犠牲にして起きる現象だ。

 S&P500株価指数を構成する米国企業の利益は、過去3年間で国内総生産(GDP)比6%から同9%に跳ね上がった。この比率が前回達成されたのは、3世代前のことだ。こうした利益全体に占める外国の割合はざっと3分の1で、2000年以降、2倍以上になった。

 また、デビッド・ロスコフ氏が洞察に満ちたタイムリーな新著『Power,Inc.』で指摘しているように、前の世代で振り子は国民から企業へと急激に振れた。これで米国経済の性質が変わった。

 「かつては、経済成長が雇用創出をもたらし、それが次に広範な富の創造につながるという密接な関係があった」。ロスコフ氏はこう書いている。「こうした関連性はもはや機能していないようだ」
 過去2年間で米国企業の利益が急増し、米国経済は今、失業率を引き下げられるだけの雇用を増やし始めている。だが、このスピードでは、2007年以降に失われた雇用を取り戻し、人口の伸びを埋め合わせるのに2020年までかかる。

 ごく一部の米国人にとっては、力強い所得の伸びが戻ってきた。だが、今仕事を見つけている人の大半にとっては、賃金水準は以前の景気回復局面の初任給をかなり下回ることになる。キャタピラーやクライスラーなど、新規採用する従業員については、賃金を古くからいる従業員の半分以下とし、手当も少なくしている「2層構造」企業が今では標準的になりつつある。


政治と経済の負のフィードバックループ

 3番目の理由として、政治がある。ごく簡単に言えば、米国の政治と米国経済の間には負のフィードバックループがある。両者の二極化は足並みを揃えて進んできた。かつての変革期とは異なり、今回は、教育とスキルの向上を支持する世論の高まりが見られない。実際、草の根のポピュリズムがこれほどわずかなのは、印象的だ。

 政治の隙間の大部分を埋めているのは富裕層だ。これまでに各種スーパーPAC(支持する候補者から法的に独立している限り、資金を無制限に使うことができる政治団体)が使った1億8100万ドルのうち、半分以上を200人足らずの個人が出している。

 こうした状況下で、パンクサトーニーのベンの言う長期失業者に対し、グローバル化された経済の中で彼らが生き抜くのに必要な是正措置を政治が与えてくれる可能性はどれくらいあるだろうか? また、労働市場から完全に脱落した1500万人の米国人はどうか? 彼らは再び労働市場に吸収されるのだろうか?

 ペースは不透明だとはいえ、全体的な経済成長は確かに米国に戻ってきている。だが、多くの米国人にとっては、この景気回復は寒々しく、どんよりとしたものになるだろう。彼らの人生の終わりまでその状況が続かないことを祈ろう。


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